やっぱすっきゃねん!VL-6
「普段なら、これから帰って調整をやるのだが、今日は変更する」
そう云うと、再び部員を見渡してから力強く云い放つ。
「これから、県営〇〇球場に向かうッ」
その言葉は、部員達に動揺をもたらした。
「県大会決勝を見に行くぞッ」
それは前日、一哉の提案で決まった。
永井逹が開会式後を練習にあてようと、葛城と打ち合わせしている時に連絡があった。
「明日、甲子園予選の決勝があるのですが」
「ええ。光陵高校と入部商業でしょう」
「その試合、部員逹に観覧させたら如何でしょう?」
「試合をですか?」
永井には一哉の思惑が解らなかった。
午後を観覧にあてるとなると、丸1日を潰すことになる。チームの試合は3日目だから調整可能だが、休みを与え過ぎて失敗するのではと思った。
一哉はすぐに永井の意図を汲み取った。
「お気持ちは理解できます。練習を休むことが、大事な試合に影響しないかと思われているのは…」
「……」
「ですが、明日の決勝を見ることは、今の彼らには必要です」
益々、云ってる意味が解らない。
「決勝というものは、独特の雰囲気を持っていたす。それを吸収することは、練習では不可能なんです。
私は彼らに、少しでもいいから雰囲気を感じさせたい。そうすることで、自らの決勝をイメージして欲しいのです」
体験者の語る重い言葉だった。
「分かりました。仰有るとおりですねッ」
ようやく、理解出来た永井の顔は微笑んでいた。
電話が切れた。一哉は満足気な顔で頷く。彼はあえて口にしなかったが、永井や葛城にも見て欲しかったのだ。
〇〇県営球場は市営球場のある場所から、南に10キロほど離れた位置にあった。
佳代逹は電車を乗り継ぎ、1時間ほどかけて向かった。
昼食は、駅で買ったおにぎり。行儀は悪いが、電車の中で摂る。
そうしなければ、試合に集中出来ないと考えた永井の配慮だ。
「県の予選なんて久しぶりだッ」
「へえ、佳代ちゃん前に見たことあるの?」
「うん、小学校の頃はしょっちゅう。夏はリーグ戦がなかったからね」
佳代は、同じ席に座る有理と尚美に話しかけながら、昔を振り返った。
「ウチの部員はほとんどじゃないかな。誰かしら知ってるヤツに遭ってたから…」
「そうだろね。アンタのことだから、ユニフォーム着て行ってたんでしょ」
「ナオちゃんッ、よくわかるねえ」
「やっぱりッ!」
有理と尚美は笑顔で頷く。納得の顔で。
彼女達は光陵高校の話を聞きつけ、勝手に付いて来たのだ。 但し、有理の方は単なる興味本意なのだが、尚美の方はちょっと事情が違った。
直也の兄、川口信也を見るためだった。
尚美は昨年、思いきって信也に告白したが成就することは無かった。
しかし、彼女は未だ、想いを断ち切れずにいた。
当然、佳代も有理も、そのあたりの事情は知っている。