やっぱすっきゃねん!VL-20
「さあ、こっからだ…」
あとひとりと気を緩めると、決まって点を獲られてしまう。ましてバッターは4番。長打なら1点ですまない。
キャッチャーはサインの後、“腕を振れッ”と云わんばかりに自らの腕を振って見せる。
ピッチャーの足が上がった。バッターも、左足を引いてタイミングを合わせる。
右足がマウンドの窪みを掴み、横向きだった上体が回転してホームに向いた。
バッターは引いた左足をステップさせて、放たれるボールをむかえ打つ準備に入った。
左腕が強く振られた。
中指と薬指の間から抜いたボールは、時計回りに回転しながらホームベースへと向かった。
ボールは外角低め。バッターの頭に、スクリューの軌道が浮かんだ。
左足を内へ踏み込み、左腕1本で外へと逃げるボールを掴まえた。
「いけぇッ!落ちろッ!」
「先制だッ!」
打球がセカンドの後方に落ちた。
3塁側ベンチの選手逹が、破顔させてランナーを出迎える。スタンドの歓声が沸き上がる。
対して、1塁側のベンチも観客席からも悲嘆のため息があがった。
グランドを二分する明と暗。自チームへの純粋な愛情が、仕草となって表れた。
どちらも、自分が関わった学校なのだ。
その後、8回、9回表と、何事もなくむかえた9回裏、入部最後の攻撃。
光陵のピッチャーはここまで、ヒット2本、フォアボール1つと、入部を完全に封じ込めていた。
バッターは1番から。
ピッチャーはサインに頷くと、内角に真っ直ぐを投げた。
バッターはこれを待っていた。素早くバントの構えをとり、右に強くバウンドさせたた。
ボールがマウンドの横を転がり抜ける。ファーストが猛ダッシュでボールを掴むが、1塁カバーが間に合わなかった。
同点のランナーが出た。1塁側の歓声が、俄然、盛り上がる。
「まずいな…」
直也は、苦い顔でポツリと云った。
「なにが?」
その顔がつい気になり、佳代は訊いた。
「このままじゃ4番に回るだろ。4番だけなんだ、タイミングが合ってるの」
「…そういえば、ヒット2本って4番が打ったんだよね」
「そうだ」
佳代と直也が考えを巡らせる中、試合は意外な方向に動いた。
次の2番バッターは、打席に入るなりバントの構え。サードとファーストは、警戒していつもより前に構える。
初球が投じられた。
緩いカーブ。ファーストとサードが、ホームへと突っ込む。
次の瞬間、バッターがバットを引いて思い切り叩いた。
強い打球がサードの横を抜けた。ボールはフェアゾーンからファウルゾーンへと転がり、フェンスに跳ね返る。
レフトがようやく追い付き、内野に返球された時には1塁ランナーは3塁に、打ったランナーも2塁に達していた。