やっぱすっきゃねん!VL-19
タイムが解けた。伝令がベンチに戻り、内野手もマウンドから散った。
最後に残ったキャッチャーが、ピッチャーの肩をポンと叩いて戻って行く。
「直也ッ!あれ見てッ」
「…大胆だな。入部も」
2人が驚くのも無理はない。センターが2塁ベースの前についたからだ。
内野を5人に増やし、極端な前進守備を敷いている。これでは、ゴロを打っても3塁ランナーはホームに帰れない。
バッターに無言の圧力を加える作戦だ。
2番バッターが右打席についた。3塁ランナーは浅めのリードを取り、ピッチャーの挙動を窺っている。
キャッチャーは1塁コーチャーを見つめる。バッターとランナーにサインを送る際の表情から、何を仕掛けてくるのかを読み取るために。
サインが決まった。ピッチャーは頷き、セットポジションに構えて視線をランナーに向けた。
ランナーもピッチャーから目を離さない。
ピッチャーの左足が上がった。が、視線はランナーを捉えたままだ。
ランナーの頭に牽制球がよぎる。これではリードを広げられない。
次の瞬間、ピッチャーは首をホームに向けてボールを投げた。
初球は外に大きく外した緩いボール。スクイズを警戒したのだろう。
2球目は真ん中から低めに落ちるチェンジアップ。だが、これもバッターは見逃した。
「…これで2ボール。次でストライクを取らないと苦しいな」
直也の言葉に、佳代は大きく頷いた。
「でも、バッターはそれを待ってる」
「おまえは何処に投げる?」
「…前の2球が緩い変化球だから、内角低めの真っ直ぐかな」
直也が小さく頷く。
「いい選択だな。じゃあ、オレは内角のスライダーだ」
果たして、ボールは内角のスライダーだった。が、あまりに内を攻め過ぎて、バッターはのけぞりながら避けた。
これで3ボール。仮にフォアボールを出しても、次のバッターをダブルプレイに取れば最小失点ですむかもしれない。
しかし、必ずしもそうなる保証は無い。
勝負か逃げか、入部に選択が迫る。
キャッチャーは、監督の指示を仰ごうと1塁ベンチを見た。 監督はただ、頷くだけだった。勝負である。彼はサインを出して、ミットを真ん中に構えた。
ピッチャーは渾身の力をボールに込めた。
やや、内角の真っ直ぐ。バッターは小さく鋭くバットを振った。
鈍い金属音とともに打球が高く舞った。バッターは悔しそうに、バットを地面に叩きつける。
打球を見たショートがバックする。その足は、土の内野から後方の芝を蹴っていた。
クルリと前を向く。ようやく落ちてきたボールを、大事そうに捕った。
その後、3番もセカンドゴロに打ち取って2アウトまでこぎつけた。