やっぱすっきゃねん!VL-10
直也の傍に立つと、思いの丈を放つ。
「後でさ、1年生の人たちに挨拶行こうよッ」
「…ああ、そうだな」
「なによ?その云いかた」
視線を交わさずに答える直也が、佳代には変に見えた。
「おまえ、昨日の今日だぞ?」
「何が?」
この言葉には、さすがの直也も驚いた。
「何がって…昨日、校門の前で派手にやりあったじゃないか」
「あーっ、あれね。もう忘れちゃったッ」
「忘れたって、おまえ…」
「そんな終わったことはいいからさ。挨拶に行こうよッ」
「わ、分かったよ」
半ば強引な誘いに直也は折れた。
様々な色で埋めつくされた客席の中にあって、一角だけ白の塊が見える。胸元に“光陵”とだけ刺繍されたユニフォーム。
野球部員の席だ。
その視線が青葉中部員に向いた。状況を把握していない連中が“なんだ?コイツら”と睨め付ける。
「…こ、こんちは…」
その鋭い目に、青葉中の部員達は怖じ気付きながら通りすぎて行った。
そして野球部の真後ろに、スッポリと開けられた空席が並んでいた。
永井の方にユニフォーム姿が近づいた。
「永井さん…ですよね?」
「河原コーチッ!」
永井の背後で佳代が声を上げた。河原は、にっこり笑うと額に手をおいた。
「…おまえ確か…さわ、さわ」
「さ、わ、だですッ!」
「ああ、そうだ、そうだッ。澤田だったな」
「今日はありがとうございます!」
「ちょっと、澤田さん」
一礼しようとする佳代に、葛城のストップが掛かる。一連の流れが、すっかり挨拶のタイミングを逸していたのだ。
「あッ、すいません」
ようやく気づき、頭を引っ込める。その仕草は、周りを和ませた。
永井は“困ったやつだ”と云いたげにした後、表情を柔げる。
「…どうもすいません、いきなりマズイところをお見せして。改めまして、青葉中野球部、監督の永井です」
「同じく野球部コーチの葛城です」
2人が帽子を取ると、河原も慌てたように帽子に手をかけた。
「こちらこそ失礼しました。光陵高校野球部、育成コーチの河原です」
「本日はありがとうございます」
「まあまあ、堅苦しい挨拶はこの辺で。もうすぐ試合が始まりますから」
「そうですね。では…」
永井は、すぐに部員達を河原の前に整列させた。