思い出=とても大切なもの-2
2 次の日もその次の日も、俺は白雪と出来るだけ一緒にいた。けど、思い出す傾向すらない。それどころか、白雪との話も噛み合わない事が多い。記憶があったなら、白雪に辛い思いをせずにすむのに………。
今の俺は、白雪には重荷なんじゃないか?
今の俺は、白雪に必要なのか?
そして、そんな事を思いつつ過ごしていたある日。俺が学校に来始めて一週間が経った日の放課後だった、あれを見たのは。
俺は自転車置き場で白雪を待っていた。白雪は日直の当番だったので、少し遅れるからここで待ってて、と言われたのだ。
しかし、それにしては遅い。日直なんて黒板を綺麗にして、日誌を書いて担任に持って行くだけだ。でも、もう二十分も待っている。
仕事が多いのかな、と思い、それなら手伝おうと俺は足を校舎へと進めた。
「いい加減にしろっ!!」
正面玄関前まで来て、俺の耳に白雪の怒声が入った。
「……な、なんだ?」
下駄箱で靴を脱ぎ、靴下のままで校舎内に上がると、また声がした。
「だから、俺と付き合えって」
「弥勒菩薩が来てから言え」
弥勒菩薩の降臨って、56億7000万年後だったよな。白雪もきつい事言うなぁ。
って、違う。白雪に絡んでるのは、長谷場だな。女たらしのやな野郎だ。
ここは……俺が出ていって、白雪に少しでも恋人らしい所を見せて安心させるチャンスだな。よし!
ところが、いざ出陣という所で足が止まった。長谷場の一言で。
「太田はお前の事を一切覚えてないんだろ?そんな奴、恋人じゃねぇじゃん」
う………。
「だいたい、アイツとお前じゃ全然釣り合わないし、ちょうどいいじゃんか。本当は、辛いんだろ?」
「そ、そんなことは………な、ない。ないったらない!」
白雪の口調から無理してるのがわかる………。やっぱり、白雪は辛いんだ。
どうすれば良いんだろう。
俺は、どうすれば…白雪を傷付けずに済ませられる?
白雪を安心させられる?
誰か、教えてくれ……。
「はぁ!?」
次の日の放課後、俺は屋上で独に昨日一晩考えた事を告げた。
「お前、本気で言ってんのか!?」
フェンスにもたれた俺にドアを背にした独が噛みついた。けど、それも仕方ないかな。
「本気だ。白雪には、それが一番良い」
「お前と矢城は、校内一有名で仲の良いカップルなんだぞ。それをお前……」
「もう、決めたんだ」
諭す独を見る。その後ろのドアが開こうとした時、再び独が言った。
「本気で矢城と別れるってのか!?」
バタンッ!!
ドアが勢いよく開き、白雪が立ち尽くしていた。
「白雪!?…ま、待て!!」
顔を歪めて、俺が止めるのを無視して白雪は校舎内に消えた。
「…………っ!!」
「待てよ、別れるんだろ?もう放っといてやれ……」
白雪を追おうとする俺を独が止めた。って………
「そこまで誰も言ってねぇ!!!」
「……へ?」
「俺は、記憶が戻るまで白雪と距離を置こうと思う、って言っただけだ!!」
「それは……別れるって事、だろ?」
「虫がいいって言われるのはわかってるが、今の白雪に別れ話なんてもっと辛い思いをさせるだけだ!!」
「………じゃあ、なんで俺に相談したんだよ」
「記憶が無くて、恋愛初心者にリセットされた俺よりお前の方がずっと恋愛経験者だからだ!!」
「……じゃあつまり、今のは……俺のせいじゃねぇか!!追え!!」
「言われなくても!!」
とまぁ、一大事なのに漫才をして、下駄箱についたのも白雪がとっくに帰った後だった。
「今は、会いたくないって言ってる」
孝之が腕を組んで、俺と独にそう告げた。
あの後、自転車をチェーンが切れるぐらい飛ばして白雪の家に来たはいいが、当の白雪は会ってくれない。……仕方ないよな。
「……事情はわかったし、俺だって、白雪と憲には別れて欲しくない。でも、白雪があぁ言ってる以上、俺は白雪の味方だから会わせる訳にはいかない」
「ちくしょー!タイミング悪すぎるぜ」
「つーか、お前が悪いんだろ」
くやしがる独を孝之はスリッパで殴った。
「……わかった。出直す」
そう告げて、俺は玄関を後にする。
「え……?お、おい、出直すって」
面食らった独が俺を追っかけて来た。
「白雪が会いたくないって言ってるんだから、無理に会わない方が良いだろ?」
「いや、だってよぉ。事の悪化させた俺が言うのもなんだが、会いたくないのかよ」
「……会いたいさ。今すぐに会って、白雪の誤解を解きたい。……俺は今までの白雪との記憶は無いけど、白雪が好きだ。でも、例え勘違いでも、白雪を傷付けて悲しませた俺には……資格がない。せめて記憶を取り戻してちゃんとした、本来の太田憲に戻ってから、白雪に会う」
「……しゃあねぇ。俺にも責任の一端があるわけだし、手伝ってやるよ。記憶を戻すの」
「……頭を殴るのはナシだからな」
「わかってるわかってる」
「……孝之、白雪を頼む」
「言われなくても。俺は兄貴だからな」
確かに、兄貴がいるなら安心だな。