ヒミツの伝説-1
序章
ワンアウト、ランナー二塁三塁。萬町高校が先制点を取る絶好のチャンスで、4番の向阪弘志に打順が回ってきた。
「いつもみたいに、かっ飛ばせ!」
チームメイトが声援を送る。しかし、弘志はそれに応えず、無言で素振りをしてバッターボックスに立った。
ピッチャーが投げる。外角へ外れる明らかなボール球だ。ところが、弘志は思いっきり踏み込んでバットを振ってしまう。
ボールはかろうじてバットに当たり、一塁方向へ転がったが、ファースト真っ正面でアウト。ランナーも走れない。
「くそっ!」
悔しそうに言いながら、弘志がベンチへ下がった。
「おい、弘志。どうしたんだ、スランプみたいだな。」
練習試合が終わって帰る途中、二人だけになったのを見計らって、監督の宮内が声をかけてきた。30歳前の若い監督は、萬校野球部のOBである。
「ちょっと、タイミングが合わなくて…」
「ここ一月ほど、ずっとだな。」
「はい…、なんとかしようと思ってるんですけど…」
そう言って口ごもる弘志。二人の間に沈黙が流れる。
「お前、好きな子はいるか?」
宮内は、唐突にそう質問した。
「えっ?ええ、まあ…」
いきなりの質問に驚きながらも、弘志は頷いた。笹野奈月の愛らしい笑顔が脳裏に浮かぶ。
奈月と交際するようになったのは、ちょうど先月からだ。入学当初から、ミス萬校の呼び声も高い美少女で、2年生で同じクラスになってからは、ずっと憧れの目で見ていた。そんな彼女からバレンタインデーのチョコレートをもらった時、弘志は天にも上る気持ちだった。それがほぼ一月前のことである。
宮内はしばらく躊躇った後、周囲に誰もいないことを確認して、弘志にこう尋ねた。
「お前、萬校野球部に伝わる伝説、聞いたことがあるか?」
第1章
「ねえ、どうしたの弘志クン? 元気ないね。」
奈月が心配そうに弘志の顔を覗き込んだ。
睫毛の長い、二重瞼の大きな目。鼻はやや低いがきれいに筋が通り、なだらかなカーブを描く上唇と、桃色に輝くふっくらした頬が少女っぽくて可愛らしい。
「えっ、ああ…、ちょっと今、バッティングがスランプで…」
弘志がドギマギしながら答えた。今日は奈月の顔をまともに見ることができない。それは、宮内から聞いた「伝説」のせいだった。
宮内から聞いた伝説はとんでもないものだった。
かつて、萬町高校野球部にエースで四番を打つ名選手がいた。プロからもスカウトの声がかかった彼がキャプテンになった年、野球部は、学校始まって以来の甲子園出場を目前にしていた。そんな時、頼みのキャプテンが突如、スランプに陥ってしまったのである。
不調はバッティングから始まった。やがて、まったく打てなくなり、それがピッチングにも影響する。
落ち込んだ彼を救ったのが、彼の恋人であった。彼女は彼に処女を捧げ、何を考えたのか、自分の膣にバットを挿入するように言ったのだ。不思議なことに、女の子の性器に入れ、愛液を塗り込んだバットを持って打席に立った彼は調子を取り戻し、地区優勝を果たして、見事に甲子園に出場した。
それ以来、萬校野球部では、有力な選手がスランプになると、バットを陰部に入れさせてもらうよう、女の子に頼むようになったというのだ。
「…バットを入れさせてくれる子をみつけることができたらスランプから脱し、そうでないとスランプを抜けることができない…って、伝説さ。」
「そんな…、ウソでしょ?」
「そう思うだろう…。しかし、そうじゃないんだ。」
宮内が意味深な表情を浮かべる。
「まさか?」
「そうだ。俺も、好きな子のアソコにバットを入れたんだよ。
」
声を潜めてそう言う宮内の顔は真剣そのもので、冗談で言っているのでないことがわかった。
(でも、とても奈月ちゃんに、そんなこと頼めないよ…)
二人はまだキスさえもしていないのだ。陰部にバットを挿入するなんて変態的な行為を頼むことなど、考えることすらできなかった。
「私、次の試合、応援にいくわ。だから、がんばって!」
弘志の悩みを知らない奈月は、彼の手をぐっと握って、そう言った。次の試合は地区予選につながる大事な試合だ。