うたかた-2
「うん。きっと」
キアラルーンがわたしの頬に素早く口付けた。
「では、唇は再開の時に」
わたしはまた、手帳の紙を破ることになった。
用意されていた車は天下無敵の黒塗りのロールスロイスさま。
ぴかぴかと黒光りしている。
「空港まで、行きたいな」
王子がポツリと呟いたので私たちは慌てて止めた。
この車だけで、目立つというのに、その上、眉目秀麗な第4王子が乗った日には…。私は、その先を想像して肩を震わせた。恐ろしや。
わたしたちとキアラルーンに全力で止められた王子はしょんぼりして、乗車した姉を窓越しに見つめている。
姉は泣きはしなかった。
あんなにメソメソとよく涙を流す人だったのに。
けれど、私がみた横顔は真っ白で、何かに耐えているように、紅色の唇を真一文に結んでいた。
その横顔はわたしがみた姉の表情のなかで一番、美しくて。
わたしは一生、このことを忘れないだろうと思った。
姉が窓を下げて、王子の手首にハンカチを巻き付けた。
「おまじない。また会えるように」
王子はその真っ白なハンカチに触れて微笑んだ。
「…会えるよ」
「あたしも!ちょっと王子、どいて」
わたしは、見つめ合う二人を押し退けて、キアラルーンに手招きした。
生憎、姉のような乙女な代物は持ち合わせておらず(タオルハンカチなら、ある)、ピアスを手早く外した。
小さなアクアマリンの石がついたお気に入りのやつだ。
それをそっとキアラルーンの大きくてゴツゴツした手にのせた。
ニッと笑って姉と同じ台詞を告げてみる。
「おまじない」
唖然とする二人に、…まあ、そうゆうことよ。
と、しれっと言い放った。
キアラルーンは顔を赤く染め、視線をあらぬ所へ泳がせている。
きまりわるげに、身体が揺れていた。
でも、手はしっかりと握ったままだ。
よしよし。
黒光りする胴体の長い車が、滑るように発車する。
みるみる、わたしたちが恋した相手と引き離される。
思えば、たった2週間の出来事だった。
姉は、車窓に流れる見納めになるだろう、この国の風景を眺めて、少し泣いた。
白くて、陶器のように滑らかな頬に小さな雫がのっている。