富子艶聞-2
「・・・・・・・」
“御台所様はこれに対していたく激怒され、義政殿と激しくやりあわれ 結局御代様がここ御所の親戚筋の女房のところに来られた由"
“ご夫婦は以前から性格があわず、長らく床も共にしておらぬと――――"
ゆっくり一歩一歩、長く暗い灯火の明かりのみしか 足元を照らさぬ廊下を歩きながら、
帝は先程までに側近の者から耳にした 将軍夫妻の近況について思い起こしていた。
帝が富子と顔を合わせたのは過去に数度。将軍の正妻としての御所での拝謁時、しかも御簾越しにである。
だが自分より僅か3歳年上にして、豊満にして妖艷なる絶世の美女と名高い富子に対して以前から人並み以上の関心と興味をもっていた。
そんな彼女が向こうから自分の住まう御所に現れたのだ。
これだけでも帝の頭の中では 富子に対する関心が欲望へと転化しつつあった。
「 楽しみなことだ 」
こうして夫とやりあって悲嘆にくれているであろう彼女を慰めに行く。
もっともな理由をつけて このように夜半お忍びで富子のいる離れに向かう若い帝の心はいつも以上に高鳴っていた。
富子のいる部屋の灯りが見える位置まで来ると、
帝は後ろについていた近侍の者を下がらせ、
彼女の部屋の障子の前に立った。
薄い障子の向こう側にいる女人の、つまり富子の影。
その影が僅かに動いた。どうやら帝の来訪に気づいたようだ。
「 富子殿、入ってよろしいか? 」
「・・・主上、でいらっしゃいますか? 」
「 うむ、久方ぶりになるが今夜は・・・」
「 何もおっしゃられますな。主上が私ごときの為にお越しになられましたのに、追い返すなどできるものではありませぬ 」
音もなく 障子が開き、
室内に籠っていた甘い薫りが帝の鼻を擽る。
それが富子の着物に炊き込められた香と 彼女の肉体から発せられる甘酸っぱい汗の匂いだと気づくのに
帝も数秒を必要とした。
だが それも僅かな時間、
帝が室内に入ると 再び音もなく障子が閉まり
2つの影が部屋の中央で向い合わせで座る図式が出来上がった。
彼等の座する部屋の周りには無論人影はなく、
夜の静寂だけが存在するのみであった。