富子艶聞-16
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この数日後、
富子は御所を退出し
夫・義政のいる将軍御所に戻った。
そして富子自身の妊娠が判明するのは 間もなくのことである。
その子供こそ 幼名・春王。
後の9代将軍 足利義尚であった。
そして、この子の出産が後に史上名高い“応仁の乱"の発火点になるのである――――
ちなみに、
この春王が
日野富子と後土御門帝の間に産まれた“不義"の子供であり、
その“不義の情事"が
富子の御所滞在中の数日の間に起こったことではという“風説"は当時から 広く知られていた。
現在残る有識者の日記・記録にもその“風説"は
各箇所で記録されている。
ただし、あくまで“風説"なのだ。
それがどれだけ現実味があって、
妖しく淫らな香りを放つものであっても――――
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