恐るべき子供たち-6
「ああっと!忘れてた」
課題に取り組んでいる最中、突然、智は大声をあげた。
「どうしたのよ?」
凪野は驚いた様子で、智の顔を覗き込む。
「休んでたクラスメイトに連絡するよう頼まれてたんだ」
「今日は全然集中してないじゃない。おかしいわよ」
語気を強める凪野に、智は両手を合わせて頭を下げる。
「ねっ、先生、お願いしますッ」
凪野はまだ云い足りなかったが、言葉を呑み込んだ。
「すぐに戻るのよ」
「わかったッ!」
智は慌ててイスから立ち上がると、急ぎ足で部屋から出ていった。
(時刻はバッチリだ。後はおばさんがすぐに部屋に行ってくれれば…)
階段をかけ降り、リビングにある電話の受話器を取ると、素早くボタンを押した。
(さあ、早く出てくれよ…)
智は、祈るような思いでコール音を聴いていた。
「由美は?勉強中か」
父親である純一は、遅い夕食を摂りながら妻の深雪に訊ねる。
「そうよ。今日は先生がおみえになる日だから」
「そうだったな…」
テーブルの上に置かれた娘用の料理を見て、純一は小さくため息を吐いた。
「それより貴方」
深雪は純一の対面に腰かける。
「なんだい?」
「由美のことですけど、先生に来ていただく日を、増やそうと思うんです」
「なんだって…?」
一瞬、純一の目の色が変わった。
「聖心女学院の受験まであとわずかでしょう」
「しかし、由美は今でも十分、合格圏内なのだろう?」
「確かにそうですけど、万が一を考えると私、不安で…」
聖心女学院。それは由美の望みでなく、深雪が入れたい学校なのだ。
自分自身が、この中高一貫である、お嬢様学校の卒業生だから娘をもと考えているのだ。
しかし、純一の思いは違った。幼いうちから受験などに汲々とするよりも、のびのびと育って欲しいと思っていた。
「それでね、日曜日の夜はどうかしらと思いましたの」
「しかし、日曜日は唯一何もない日だろう。可哀想なんじゃないか?」
「それはそうですけど、あと3ヶ月の間ですから…」
互いの意志が入り交じり、会話が熱を帯びていく。
「だがなあ…」
純一が何かを云いかけた時、傍らの電話が鳴った。
「誰かしら?こんな遅くに」
「いい。私が出よう」
立ち上がろうとする深雪を、純一が制すると受話器を取った。
(ヨシッ!つながったッ)
智は受話器に向かって喋ろうとした。が、聴こえてきたのは、予想外の声だった。