想-white&black-J-9
「ああ、入れ」
ようやく楓さんの腕と視線が離れ、とりあえず助かったと小さく息を吐く。
ドアが開かれ中に入ってきた双子は、固い表情のままトレイに乗せられたカップを倒れていなかったテーブルの上へ一つ置いた。
なぜ一人分しか用意していないのかふと疑問に思ったが、そのことを聞ける余裕も雰囲気もなく再び部屋の中には私と楓さんの二人だけになった。
「とりあえずそいつを飲むといい。気分が良くなる」
それだけ言うと楓さんはベッドに片膝を立てて腰掛けた。
私にだけすすめたということは楓さんは飲むつもりはないのだろう。
とりあえず言われるままにソファに座りカップを手にして口元へ近付けていくと、薔薇のような華やかないい香りがした。
薄紅色の飲み物はローズティーに似ていたが少し違うようだ。
温かいものがやんわりと身体を包み込み、幾らか緊張で張りつめていた気持ちが和らぐ。
最後の方は一気に飲み干すと底に溜まっていたらしいシロップが甘さをのぞかせた。
楓さんはそんな私の様子をただじっと観察するように見つめているだけだった。
「あの、ごちそうさまでした」
双子達が入れてくれた薔薇の香りのする飲み物のおかげで、楓さんと再会してから混乱状態だった頭の中は少し冷静さを取り戻し、気分もだんだん落ち着いてくれた。
ぎこちなくはあったが彼の気遣いに感謝の意味も込めて頭を下げる。
「旨かったか?」
「え? あ、はい。今まで飲んだことがないようなものでしたけど、とても」
質問にそう答えるとなぜか楓さんの口元が酷薄な笑みを浮かべて歪んだ。
「それはいい。では改めてお前に聞きたいことがあるからこちらへ来い」
「…………はい」
どこか愉しげに聞こえる彼の声が耳に響いて、緊張から全身が一気に強張った。
ソファから腰を上げ、床に散乱した物を避けながら数歩進んだところでいきなり異変が起きた。
急に脚の力が抜けたように入らなくなり、その場で膝をつく。
「な……っ!?」
意識も次第にかすんでいき、視界がはっきりしなくなる。
掌で額を押さえながら何とか立ち上がらなければと思うのだが、まるで忘れてしまったかのように身体は言うことを聞いてくれなかった。
ただ重くなっていく身体に比例して、芯が疼くような熱が広がっていく。
一体何が起こっているのか、そう問いかけようと顔を上げた瞬間、いつの間にいたのか私を見下ろす双眸を見たのを最後に意識がぷっつりと途切れたのだった。