「息子が下着泥棒?」-1
先日の夕方のことだ。
恵美子はスーパーマーケットでの買い物帰りに、自宅近くの路地で近所に住んでいる婦人によび止められた。
「奥さん、知ってはる?
最近、このあたりに下着泥棒が出るんやて」
「ホンマに?
気色悪いなあ」
その情報が初耳だった恵美子は、ブルッと身震いした。
「わたいなんか、こんなオコゼみたいな顔やから、下着泥棒もよう近寄らんやろうが、恵美子さんみたいにきれいでスタイルがよかったら、気ィつけなあかんで」
「わたしかてもう50歳やからな。
こないなオバはんの下着を盗んでいく、物好きもおらんやろ」
「けど、下着に歳が書いてあるわけやないからな」
「それもそうやな」
そう言ってふたりは笑い合い、おたがいに気をつけようということで別れた。
荒木恵美子は大阪郊外の住宅街に、今年28歳になるひとり息子の正純(まさずみ)とで暮らしている。
ふたりは母子家庭で、正純の父親は彼が2歳のときに交通事故で亡くなった。
だから、正純には父親の記憶は、まったくないようだった。
それから恵美子は再婚もしないで、パートタイマーで働きながら女手ひとつで正純を育ててきた。
ただ、正純の父親不在で兄弟もいないという境遇を、
彼女が不憫(ふびん)に思ったことから、
少し甘やかして育ててしまったようだ。
そのためか彼は少し引込み思案の気弱な性格に育ち、
28歳にもなるというのに、
まだ女性とつき会った経験もなく、
いまだに童貞のようであった。
いつになったら結婚して、孫の顔を見せてもらえるのか、気を揉む母親の恵美子だった。
さて、下着泥棒の話を聞いて、数日ほどしてからのことだ。
恵美子は掃除をするために、2階の正純の部屋に入った。
いつものように窓を開け放って、部屋に散らばった部屋着のジャージの上下や、読み止(さ)しの雑誌を片づけ、掃除機をかけていく。
息子の部屋がみるみる片づいてきれいになっていく。
恵美子はウキウキするような心地よさを感じていた。
掃除も終わりに近づいたとき、恵美子はふと息子のベッドの下から覗いている、デパートの手提げ袋に気づいた。
こんなところに何だろう。
不思議に思った彼女は、その手提げ袋をズルズルと引き出した。
その中を覗いて、
恵美子は心臓が止まりそうなほど驚いた。
袋の中には女性用の下着が、
ビッシリと詰め込まれていたのだ。
しかも、下着は新品ではなく、
どれもが使用済みのもので、
きちんと洗濯されたものばかりである。
恵美子の背中にゾクッと冷たいものが走った。
先日、近所の婦人が話していた下着泥棒というのは、息子の正純が犯人ではないかという思いがよぎったからだ。