「息子が下着泥棒?」-2
気弱な正純にそんな大胆なことができるはずがない。
そう否定しようとすればするほど、
目の前の下着が、
犯人は正純だと訴えているように思えてくるのだった。
そんな結論の出ない否定と肯定の堂々めぐりが、彼女のなかで幾度も繰り返されていた。
袋の中に詰められた下着を引き出してみると、
その種類と点数の多いことが尋常(じんじょう)ではなかった。
パンティ、ブラジャーをはじめ、
キャミソール、ガードル、ハーフトップ、タンクトップなどなど、
デザイン、サイズ、色もまちまちの、
夥しい数の下着が出てくるのだった。
恵美子はその場にヘナヘナと崩れて腰を落とすと、
茫然自失、動けなくなっていた。
その口から衝いて出るのは、深いため息ばかりだ。
しだいに全身の血が凍っていくような、
寒々とした救いようのない気分に襲われ、
滅入っていくばかりであった。
そして、
正純が警察に捕まって手錠をかけられる姿、
パトカーに押し込められて連行されていく姿、
テレビのニュースに映し出される姿、
そんな姿が目の前にチラつく。
もし、そんなことになったとき、
近所の人たちに何と噂され、
どんな目で見られるのだろう。
それを思うと怯えの震えが走って止まらなかった。
その日、正純が会社から帰ってきたのは、夕方の6時半をまわった頃だ。
仕事の同僚と飲みに行くこともない彼は、いつもこの時間に帰ってくる。
恵美子はそれまで息子の部屋に座ったまま、ずっと堂々めぐりの思いをめぐらせていたのだ。
「オカン。
どないしたんや?
オレの部屋で明かりも点けんと、びっくりするやないけ」
たしかに、夕闇のなか自分の部屋に、母親が無言で座っていたら驚くのも当然である。
息子の手で部屋の明かりが点けられた。
「正純。
これは何やの?
ちゃんと説明してちょうだい」
恵美子は床に広げられている下着を指して、息子に問い質(ただ)した。
「な、何でそんなもん……見つけたんや。
オレの部屋で勝手なことすなよ」
正純はそれだけ言うと、あとは口を噤(つぐんで)んでしまった。
「この頃、ご近所のお宅で、女物の下着がよう盗まれるちゅうて噂になっとんのよ。
まさか自分の息子が犯人だったなんて……警察にでも捕まったら、羞ずかしゅうて街も歩けへんわ。
何でこない破廉恥なことをしたんや?」
正純はその場に座り込むと、無言を決めたように押し黙っている。
しばらく、気まずい沈黙が、ふたりのあいだでつづいた。
「何でこんなことを、せなならんかったのや?
おかあちゃんにちゃんと説明してみ」
恵美子がそう促しても、息子は相変わらずダンマリを決め込むばかりだ。
長い沈黙のあってから、正純がボソボソと話しはじめた。