ピリオド前編-1
日々、変わりいく風の匂いは季節の変化を伝えてくれる。少し前まで粘つくようなだったそれは、いつの間にか澄んだ爽やかさを与え、夜空に浮かぶ月を鮮明に映している。
「それじゃ、お先に」
時刻は夜の8時すぎ。
仕事を終え、寝ぐらであるアパートへ帰ろうと車に向かっていると、ポケットの携帯が着信を知らせた。
「……?」
ディスプレイに示されたのは“実家”の二文字。何事だろうと通話ボタンを押して耳にあてると、聴こえてきたのは母の声だった。
「久しぶり、どうしたの?」
「和哉。週末は何か予定が入ってる?」
「エッ…?いや、特にないけど」
「だったら、ちょっと帰って来ない?」
頭の中に浮かんだのは“何故?”という二文字。家を出て5年になるが、帰って来いなどと云われたのは初めてだ。
オレは何故なのか確かめる。
「急にどうしたんだ?帰ってこいなんて」
「…アンタにね、会わせたい人がいるのよ。だから、ちょっと帰って来ない?」
2日後の今週末。おそらく母の思惑は見合いだろう。以前から電話でしつこく勧めてきたのを、オレは断っていた。
「誰が来るんだよ?」
思いが口をつく。そんなニュアンスの変化を察してか、母はしばらく黙っていたが、
「とにかく、帰って来さないよッ」
用件のみを突きつけて電話を切ってしまった。
「なんだい。一方的に…」
頭の中にあの日のことが甦る。2年前、封印したはずの思いが。
(情けない男だ…)
オレは思考を断ち切り、車に乗り込むとアパートへと急いだ。