ピリオド前編-8
「なあ、母さん」
「なあに?」
母は、テーブルの向こうに置かれたテレビに視線を合わせたままだ。
「姉さん、何かあったのか?」
オレの問いかけに、母は口唇を固く結んだ。
「なんで、そんなこと訊くの?」
「なんとなくね…それに、突然、帰郷するなんてさ」
母はしばらく黙っていたが、やがてオレの顔を見つめると、
「亜紀ね…離婚するかもしれないの…」
たったひと言いったきり、俯いてしまった。
「そうか…」
(昨夜の異様な言動は、やはり原因があったのか)
しかし、理由を聞かされだからといって、オレにどうすることも出来ないことには変わりない。
「母さん…」
「なによ?」
「今の話、オレは知らないことにしてくれないか?」
「どうして?」
「姉さんは、自分の口で云うつもりなんじゃないかな。だからオレは、その時まで知らないことにしておくよ」
「和哉…」
「じゃあ、オレ帰るから」
玄関前。母は見送りに出てきた。
「じゃあ、オヤジや姉さんによろしく」
「和哉…」
「なんだよ?」
靴を履き、振り返ったオレは驚いた。母がすがるような目をしていたのだ。
「亜紀の、相談にのってあげてね」
いつも気丈だと思っていた母。オレには、急に老けたように感じた。
「分かったよッ、また連絡してくれ」
威勢よく返事をして家を出た。云いようのない寂しさが胸の中に広がった。
それからの2週間。オレは多忙を極めていた。早朝から深夜近くまで仕事に追われる日々に、身体が悲鳴をあげていた。
そんな激務からようやく解放され、翌日に休みをもらった前日。
夜9時に寝ぐらに帰り着いたオレは、簡単な食事とシャワーを浴びて寝床に潜り込んだ。
(明日以降、またいつ、休みをもらえるか分からんから、とにかく寝溜めしとこう)
暗闇に目を瞑った。途端に睡魔が訪れ、すぐに眠ってしまった。
亜紀のことなど、すっかり頭から消えていた。