ピリオド前編-4
「でもさ、オレ、何にも持って来てないぜ。着替えとか…」
「それなら、わたしが買ってきたわよ」
「ええッ!」
驚いた。亜紀がオレの着替えを買ってきたなんて。
「下着どころか、靴下もね」
オレの思いを他所に、亜紀はノンシャランな表情をむけた。
「アンタのことだから、何も持たずに来るだろうと思って買ってきたのよ。昔からそうだったよね。部の合宿の時とか…」
「分かったよ。姉さんには負けたよ」
(まったく…未だに云うのか)
それは高校2年での合宿の時、オレはユニフォームと道具以外の荷物を忘れて出かけた。
すると、練習終了前の夕方、グランドに亜紀が現れた。
「ほら、これッ」
思い切りむくれた顔で、オレにバッグを突き出すと、
「アンタ、バカ?10日も合宿があるのに、野球の道具だけ持って行くなんて」
中身は下着やアンダーシャツ、ソックスが入ってた。
「まったく…おかげで貴重な休みが台無しになったわ」
亜紀は捨て台詞を残して帰ってしまったのだ。
「なんだい。あの云いぐさ…」
あの時、感謝の気持ちなんてなかった。“何故、そんなに怒っているのか”と、だけ思っていた。
「和哉、どうかしたの?」
亜紀の声が、オレを現実に引き戻す。
「いや、何でもない…」
「気持ち悪いわねえ。ひとりでニヤニヤしちゃって」
「思い出してたんだ。あの合宿の時…姉さんがえらい剣幕でグランドに現れたのを」
「…あ、あれは」
亜紀の顔がちょっと赤くなった。
「そう、オレが悪かった。けど、今でも覚えていたなんて思わなかったよ」
「当然でしょ。人間、イヤなことは忘れないモノよ」
そう云うと、いたずらっぽい顔で笑いだした。つられて父も母も笑っている。
亜紀の笑顔はとてもリラックスした様子で、心の底からこの雰囲気を楽しんでるように映った。
つい、オレも笑ってしまった。