ピリオド前編-3
「一瞬、誰かと思ったわッ!元気にしてた」
嬉しそうな顔。本当に心の底から喜んでいるようだ。
ただ、オレの中には疑問だらけだ。
「な、なんで姉さんが此処に?」
「電話で聞いてなかったの?母さんに云っといたけど」
「えっ?」
オレは思わず母の方を見た。すると、したり顔を浮かべて目の前を通りすぎて行くではないか。
(くそ…まんまと騙されたわけか)
苦笑いのオレに、亜紀は不可解といった顔をしたが、すぐに気を取り直すとオレの身体をベタベタと触りだした。
「少し痩せたんじゃない。ちゃんと食べてる?」
「…ああ…食べてるよ」
「でも、凛々しく見える…高校の頃みたいに」
「そ、そうかな…」
高校時代。必死に白球を追っていた頃。
「うん、ずいぶん男らしくなった」
頬を撫でる柔らかな手。そのむこうで見せる微笑み。
つい、引き込まれそうになる…。
「当たり前だろ。オレも今年で25になるんだ。いい加減、ガキ扱いはやめろって」
心にもない反発。でも、こうでもしなきゃ気持ちが揺らいでしまう。
そんなオレの態度が気に入らないのか、亜紀は云い返して来た。
「かわいくないわねえ。昔は“お姉ちゃん、お姉ちゃん”って、何処にでも付いて来たクセにッ」
「そりゃいつの話だい?それとも、25にもなる弟からベッタリされてえのか?それこそおかしいだろ」
その時、居間の扉が開いて人影が見えた。
「いつまで騒いでんだ?メシが冷めちまうぞ」
父が心配気にこちらを伺っている。オレと亜紀は互いを見つめて笑った。
「…行こう」
「そうね」
オレ逹は居間へと歩いていく。前を行くのは亜紀。子供の頃からそうだった。
ただ、その背中がやけに細く見えた。
遅い夕食。家族全員が揃うなんて2年ぶりだ。
そう思って摂っていると、母がオレに云いだした。
「今日はアンタも泊まっていきなさい。部屋も片づけておいたから」
「えっ?」
思わず、声が上ずった。
「亜紀から連絡もらった時にね、2階のアンタ逹の部屋をきれいにしたの。もう何年も、そのままだったから」
「…いや、しかし…」
ごり押しとも取れる母の云い分に、何とか抵抗しようとするオレ。すると、亜紀が話に割って入る。
「久しぶりだから良いじゃないッ、泊まって行きなさいよ」
「いや、でもね…」
何とか逃れようと言い訳めいた言葉を並べていると、
「和哉。そう云わずに泊まっていけ。家族が揃うなんて久しぶりだからな」
「…わ、分かったよ」
父にまで云われりゃ従わざるを得ないのだが、オレは最後の抵抗をみせた。