ピリオド前編-13
すると、
「和哉…」
先ほどまでとは明らかに違う、寂しげな声。
「なんだよ?」
振り返ると、哀しみを湛えた顔があった。
「なんでそんな顔をするんだよ?」
オレは思わず傍に寄った。
でも、亜紀は俯いて黙っている。その横顔には、葛藤による苦しさが表れていた。
すぐに離婚のことだろうと分かった。ここを訪れたのも、そのためだろう。
だからといって、オレの方から追求する訳にはいかない。
オレは一旦、その場を離れてキッチンに向かった。
「姉さん、ほらッ」
テーブルに置いたのは缶ビール。亜紀は驚いたようにオレの顔を見た。
「オレも付き合うからさ。今日は泊まっていきな」
オレは努めて明るく振る舞い、缶ビールを一気に傾けた。
「さ、これで選択の余地は無くなった」
「アンタったら…やっぱりバカね」
亜紀は呆れた調子で笑っている。
「そうそう、姉さんに暗い顔は似合わないよ」
オレは1本目を空にすると2本目に手をかけた。
「人間、誰だってイヤなことはあるさ。まともなヤツほど、プレッシャーに圧し潰されそうになる。
そんな時は、思いっきり泣くか、酒でも飲んで忘れるんだ。そうすれば、少しは楽になる」
「何よ…弟のクセにえらそうに」
亜紀の目は潤んでいた。
「小、中学生の頃なら1年は大きな違いだけど、今は25と26。大した違いはないよ」
「その云い方がえらそうなのよ」
「もういいから、ほら」
オレは缶ビールを開けて亜紀の前に置いた。
「小難しい話よりも、昔話でもして笑おうよ」
「分かったッ。アンタがいかにダメな弟だったかを話してやるわッ」
「その調子だ」
2人の缶が重なり合った。
「姉さん、大丈夫か?」
時刻は11時過ぎ。飲み始めて2時間ほど経った頃、亜紀は3本目のビールを飲んでる途中でテーブルにつっ付した。
「姉さんッ、寝るなら向こうで…」
「う…ん…」
肩を揺すったが起きる気配はない。仕方なくとなりの寝室に行って布団を敷いた。
「これでよし…と」
再びリビングに戻ると、亜紀はテーブルからずり落ちて床にうつ伏せていた。