魔性の仔Last-8
地下洞に光が差し込んだ。
「やれやれ…」
馬遥遷の杖を持つ手に力が入る。これまで、何度となく祭祀として祭式を執り行ってきたが、さすがに祭式場への出入りがこたえる齢となってきた。
「そろそろ…儂も隠居じゃな…」
息を切らせ、ようやく上り着いた場所は寺院の庭先。玉砂利を敷いた広い庭の片隅に、1辺の長さが1軒ほどの四角い穴だった。
穴の周囲を御影石で砂利より一段高くし、一見すると大きな井戸のように見える。普段は蓋がされ、その上から砂利を積んで隠してあるため分かり難い。
庭には幾つもの篝火が施され、周辺を明るく照らしている。そこには鵺尊をはじめ、100人足らずの村の者達が集結していた。
その世代の違いこそあれど、同じ顔立ちの男達だった。
最前列に居た鵺尊が、1歩前に出た。
「長。先ほど、中尊寺の別宅に行っていた者のひとりが、女を連れて戻りました」
「そうか、貢物も揃うたか」
「はッ、そのための準備を只今、とり行っております」
馬遥遷は、その顔に刻まれた皺を一層歪めて笑った。“準備”がどのようなものかを思い浮かべて。
「あの方の準備はどうじゃ?」
「今は長老たちによる禊の最中かと…」
「では、万事整い次第、祭式を執り行おうぞッ!」
馬遥遷の声に反応し、村の者達から歓喜の声が上がった。
「鵺尊よ…」
声が響く中、馬遥遷が呼んだ。
「ヌシも祭式に参加するのじゃ」
「わたくしが…ですか?」
馬遥遷は大きく頷いた。
「今後は儂も立ち会うが、ヌシが祭祀となり執り行うのじゃ」
祭祀になるということは、村の長を約束されたようなものだ。
「わたくしに務まるでしょうか?」
鵺尊は、その美しき顔に不安を浮かべた。
「儂や長老たち、それに殆どの者は消える運命(さだめ)。その時は、“新しく産まれ授かるあの方”の世話はヌシが行うのじゃ」
かつて同じ道をたどった者から、新たにたどろうとする者への伝承。絶え、消えることなく 、古より連綿と続いてきた習わしを継承する時期も迫っていた。
「では、付いてまいれ。祭祀の衣に着替えるぞ」
「はッ」
2人は寺院の奥へと消えて行った。