魔性の仔Last-6
「こんな場所に居るわけには…!」
その瞬間、刈谷の頭の中で、恐ろしい考えが浮かんだ。
(奴らは、オレの行動を把握してこんな措置を講じたに違いない。とすれば、奴らの手が先生の別宅に及んでもおかしくない。いや…オレならそうする)
「くっそおおッ!」
浅はかだった自分に腹が立つ。軽率な行動のおかげで、真弥や中尊寺が危険に晒されていると思うと、居ても立ってもいられない。“なんとかしなければ”と心だけが焦る。
「…くッ、せめて手が動けば…」
その時、足音が聴こえた。何者かが近づいてくる。
(誰だ…?鵺尊か…)
刈谷は息を殺し、利かない目を音の方向に凝らす。近づく者が誰なのかを見極めようと。
10メートル…5メートル…音は次第に大きくなり、刈谷から1〜2メートルの位置で止まった。
「刈谷…ようやく目覚めたか」
嗄れた声。それはまさしく、馬遥遷だった。
刈谷の中に怒りが湧きあがる。
「おいッ!貴様らオレに何をしたッ」
怒声が響きわたる。音は穴蔵で幾重にも反響し合った。
馬遥遷は咎める。
「騒ぐでない。ここは神聖な場所なのだぞ」
「…神聖な…場所だと?」
「左様。我らが崇め奉る神は、地の底より姿を現されたとされる。ここは、それを模してこしらえた祭式を執り行う場所じゃ」
祭式と聞き、鵺尊が真弥のことを“あの方”と云っていたのが思い浮かんだ。
「おまえら、あの娘を捕らえたのかッ!」
苦々しい顔の刈谷を馬遥遷が高笑う。
「察しがよいな。いかにも、あの方は我らの手に戻った」
刈谷の中に最悪のシナリオが浮かんだ。
「…せ、先生は?真弥と一緒に居た女性はどうしたッ!」
「まったく…囚われの身でありながら他人の心配とは、馬鹿と云おうか忠義深いと云うか…」
「オレの質問に答えろッ!」
怒りの叫び。凄まじいほどの憤りが、声音に乗って馬遥遷の耳に届いた。
「……すぐに会わせてやる」
口調が変わった。落ちついた影のある言葉遣いに。
「もう1人ともな…」
そう云い残し、足音は離れていった。
「ま、まてッ!まだオレの質問に答えてないぞッ」
刈谷の声が何度も反響する。だが、足音はどんどん小さくなり、やがて消えてしまった。
(奴は中尊寺に会わせると云った。それにもう1人…もう1人とは誰だ?)
刈谷は思考を巡らせる。
(真弥じゃない。奴らの口ぶりからすれば、もう1人でなく、あの方と云うはずだ。
では誰なんだ?)
頭に早紀の顔が思い浮んだ。が、彼はすぐに否定した。
(確かに。あの場所を知ってるのは、オレの他に早紀と編集長の大崎だけだ。だが…)
否定すればするほど、それは不安となって大きく膨らんでいった。