月夜にあなたを想うこと-4
「ほんとに、いらない」
私は、もう一度、首を振った。
彼は、急に押し黙ると私を見つめた。
それが、思いの外真剣な表情だったので、私はたじろいだ。
「・・・最近、時々不安になるよ。俺、紗依ちゃんに嫌われてんじゃないのかって」
思いもよらぬ彼の突然の言葉に、驚いて目を見張る。
「・・・俺のこと、避けてない?」
私の目を覗き込んで、彼が言う。
・・・顔の距離が、ぐっと近くなる。
「・・・そんなこと・・・ないよ」
私は、思わず彼の視線を逃れて、絞り出すように言った。
何だか、追い詰められているようだ。
自分の想いを見透かされているようで、怖かった。
「じゃあ、言って。何でもいいから。紗依ちゃんの欲しいもの」
「・・・雅成くん」
「はい?」
私の言葉を呼びかけと勘違いして、彼は笑顔で返事をする。
・・・ばか者め・・・。
「・・・雅成くんが、ほしい」
え、と彼がきょとんとした顔に、私はとどめのキスを落とした。
何だか急に悔しくて、分からせたくて。
でも、唇にする勇気はなくて。
ちゅ、と子ねずみが鳴いたような音がした。
何が起こったか理解できず、軽くパニックに陥っている雅成くんは数秒、固まった後、
がたがたと、私から後ずさった。
顔を火のように真っ赤にして。
教科書通りの驚き方だ。
・・・昭和の男だよ。
「・・・けっ賢治さんに、殺される・・・」
私の父親の名前を呟き、頬を押さえて呆然としている。
殺されればー。
と返して、私は何事もなかったように珈琲を啜った。
本当は、心臓が煩いくらいに鳴っている。
でも、ちょっとだけ愉快な気持ちになる。
これで、少しは意識してくれるようになるだろうか。
がんばれ。
私は私を鼓舞するように呟く。
まだ、見込みは皆無というわけではない。
・・・恐らく。
雅成くんにとって、私はまだまだ小娘だろうけど。
小娘は、蝶にだって、花にだってなれるのだ。
―月狂いの少し枯れた、私の王子を射止めるために。