月夜にあなたを想うこと-3
身体が冷えてきて、私がくしゃみを一つしたのを潮に、雅成くんはやっと望遠鏡を離し、窓を閉めた。
階下で、熱い珈琲を入れ、私はいつものように雅成くんを持て成す。
インスタントだが、夜風に当たった身体に染み渡るようで、存外に美味に感じる。
どうやらそれは、私の部屋にひどく馴染んでいる彼も同じだったようで、
「紗依ちゃんが、入れた珈琲が一番美味いなあ」
などと言う。
製薬会社に研究員として勤務する彼からは、煙草に混じって漢方薬のような独特の香りが漂っている。
雅成くんの香りだ。
もし、彼に似た後ろ姿が並んでいたとしても、私はきっとすぐに彼を見つけられる。
あの香り、首筋のほくろ、猫背気味の姿勢、節の太い手―。
そんな目印となる部分をたくさん知っている。
―願わくば、それが私だけだといいなと思いながら。
「…あれ。もうすぐ誕生日じゃない?」
私が黙って頷くと、彼は重ねて言う。
「何が欲しい?」
「…いらないよ。何も」
「紗依ちゃんはジョシコーセーのくせに、物欲が乏しいなあ」
…違う。
アナスイの鏡、エナメルのパンプス、バーバーリーのコート。
私だって、世の女子高生と同じくらい、欲しいものはたくさんある。
ただ、雅成くんから貰いたくないのだ。
カタチあるもの、手元にいつまでものこるものは、特に―。
目にする度、触れる度に、彼を思い出すから。
切なくて、切なくて、―辛い。
この、届かぬ思いが哀しい。
去年は、海を見に、日帰りで遠出。
一昨年は、遊園地。
その前は、輸入物のとてもいい香りのする、紙せっけん。
勿論、すぐに使い切った。
「言ってよ。この前、俺に本くれたしさ」
8月の彼の誕生日に、私は最新の望遠鏡で撮影した宇宙の写真集とも図鑑ともつかない、厚い本をプレゼントした。
月が大層美しく写っていたからだ。
私からは、逆に手元に残るものを彼にあげたがった。
そのものを見て私を少しでも想ってくれるように。
・・・自己中心的で傲岸な考えだけれど。