お江戸のお色気話、その1-2
しかし、誰もその老人の素性を良くは知らない。
皆は知りたがったのだが、なかなかそれを老人は言わない。
誰かが 、昔はどこかの侍だったとか、商人だったとか、
家族が居たとか聞いたことがあるがあまり定かではない。
そうだとしても、落ちぶれ果てての末だろう、
と推測していた。
ただ分かっているのは、この老人が驚く程の物知りである、
ということだった、
それと若い頃は相当女にも関わったようで
落ち着いたその風貌からもその面影が分かるというものだ。
その老人は、皆から(ご隠居)と呼ばれていたが、
顔の色つやも良く元気で、いつもどっしりと構えていた。
そういう訳だから、老人の部屋に皆が集まったときなどは、
誰かの家で余った物や、酒や肴を持ち寄り、
それで酌み交わしながら
その老人の講釈を聞くのを楽しみにしていた。
故に老人は何もしなくても、食い物等に困ったことが無い、
いつもそういう恩恵に浴していたからでもある。
暑い夏の夜等は、涼みがてらに老人の部屋に男と女も集まり、
その老人が話す怪談話に耳を傾けては、肝を冷やし、
涼しさを体感したりして、それを楽しみにしていた。
「平家物語」での壇ノ浦の戦いの悲劇や、
「四谷怪談」等を聞いたとき
人々は老人の語り口に震えながらも、
それに涙する者もいた。
又、色恋の話では、
まるでその場にいて実況するように淡々とした語りで
話し、女房等はうっとりし股間を濡らしながら聞いていた。
そんな夜には、大概の女たちは夫に抱かれたがった。
故にそこはいわゆる(長屋の社交場)として存在していたのである。
しかし、今夜はその老人が主役ではない。
或る夏の夜のこと、
その日は十数人程の人がその老人の部屋に集まっていた。
話題は様々で異様に盛り上がっていたのである。
その夜は昼間一働きした後、
酒が入った者も来て、盛況な集まりになった。
中には女房が作った夕食を食べてから駆けつけた者もいる。
そしてその女房も子供を寝かしつけてから来ていた。
下賤な人々の楽しみと言ったら、
人の噂や卑猥な話題での盛り上りである。