やっぱすっきゃねん!VK-9
「どうしたんだい?寝てて良いのに」
加奈は思い切り不機嫌な顔で、
「寝れるわけないでしょッ、目の前であんな顔されちゃッ」
健司はただ、笑っている。
「なによッ、その勝ち誇ったような顔はッ」
それが、加奈は気に入らないらしい。
「修は間違いなく君の息子だと分かったよ」
「あっ、聞いてたのねッ」
加奈の顔がみるみる赤くなった。
「この狭い家じゃあね。それより、起きるなら顔を洗ってくれば?」
「わ、分かったわよッ」
加奈は、わざと足音を立ててキッチンを出て行った。その様子に健司は、再びクスリと笑った。
そんな夫婦のいさかいを他所に、修は座敷の奥に居た。隠れるように息を殺すその手には、電話の子機が握られていた。
「…だから、姉ちゃんが居なくなったんです」
時折、キッチンの方を伺いながら、囁くような声で誰かと話をしている。
「…詳しいことは後で。8時に家に行きますから」
修は用件だけ伝えると電話を切ってしまった。子機のスピーカーから漏れていた相手の声も構わずに。
そして、そっとリビングに戻った。
その途端、
「修ッ!ごはんできたわよォ」
加奈の声がリビング外で響いた。まだ自室に居ると思って、階段下から大声をだしたのだろう。
修は慌てて子機を元に戻してリビングを出た。
「大声出さなくても聞こえてるよ」
「あら、アンタ、そっちに居たの」
「母さんに似てナイーブなんでね」
そう云ってキッチンに向かう息子を見て、加奈はまた顔を赤らめた。
「可愛いげのない子ねえ…」
尖らせた口許で、そう吐き捨てた。
朝の8時前。ものすごいスピードで県道を東に走り抜ける1台の自転車。乗っているのは修だ。
急がしく朝食を食べ終え、服を着替えて玄関へと向かった。
「修。アンタ、どっか行くの?」
「ちょっと友達と…」
加奈の呼び止めに靴を履きながら答えると、慌てて玄関を飛び出した。
「ヤバい…あと5分しかない」
ペダルを蹴る力が、さらに強くなる。
朝露に濡れた下草や木々の匂い。鳴きだした蝉の声。路面から伝わる振動。今の修には、それすらも分からない。ただ、目的の場所へと急いでいた。
ようやくたどり着くと、相手はすでに玄関前で彼を待っていた。
「おい修ッ!遅いんだよッ」
待っていたのは直也だった。