やっぱすっきゃねん!VK-8
「ね、姉ちゃん、家出したんじゃないかな」
「なんで?」
「だって昨日、オレが色々云っちゃったし…それに様子も変だった」
その真剣な心配顔を見た加奈は、ケラケラと笑ってしまった。
「なんで笑うんだよッ」
「アハハッ!…だって、佳代が家出だって…クク」
「だって!こんな書き置きしてるんだよッ!」
自分の気持ちを笑われた修は怒りが収まらない。その顔を見た加奈は、なんとか笑いを鎮めると、
「ハ、ハァ…そんなナイーブな性格なら、とっくに野球を放り出してるわよ」
「なんで母さんに分かるんだよッ」
「分かるわよ、私の娘だもん」
「じゃあ、どうすんだよ?」
「ほっときなさい、夕方には帰るでしょう」
そう云って寝室に帰りかけて足を止めた。
「それからね、アンタはナイーブな性格のクセに、人を傷つけることを云うから気をつけなさい」
「なんで、そんなことが分かるんだよ」
加奈はしたり顔を修の方に向けた。
「アンタは私の息子だからよ」
寝室のドアが再び閉じられた。修はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて諦めたように離れて行った。
「佳代がどうかしたのかい?」
加奈が部屋に戻ると、健司は布団から起き上がっていた。
「それが、修ったらね、佳代が家出したって…」
加奈はぶり返してきた笑いをかみ殺しながら、先ほどの出来事を健司に聞かせた。
「…そうだったのか…」
「それを修ったら血相変えてねッ」
まだ笑いが収まらない加奈に対し、健司は笑っていなかった。
「どうかしたの?」
加奈が訊ねた。すると健司は、すぐにいつもの柔らかい笑顔で、
「いや、思い過ごしだろう…」
そう云うと布団を畳みだした。
「すっかり覚めてしまった。あっ、君はもうしばらく寝てなさい。朝食はボクが作るから」
寝室にひとり残された加奈。
「ラッキーッ!じゃあ、もうちょっと寝てよっと」
再び布団で仰向けになった。が、先ほど見せた夫の顔が頭に浮かんできた。
いつも飄々として物事に動じない。いつも笑顔で、怒ることのない夫が見せた真剣な顔。
佳代が野球を辞めると云った時でさえ、そんな顔しなかった人が…。
「エイッ!くそッ」
加奈は布団から跳ね起きると、寝室を出てキッチンに向かった。