やっぱすっきゃねん!VK-6
「それに、最近は中継ぎばっかでさ。前は先発でライト守ってたのに、加賀さんに取られちゃって…」
男子ばかりの野球部で、レギュラー・ポジションを持っていた佳代は、同じ部に所属する弟にすれば自慢の姉だった。
それが、いつの間にか控えに近い扱われ方に甘んじていることに、不甲斐なさを感じていたのだ。
「だからさッ、明日は休みだけど、オレと練習しようよ」
「練習を?」
「練習やっとけば、また使われる日が来るよッ!」
その時は黙って聞いていたが、ひと晩明けて考えても、とてもそんな気になれない。
昨夜の会話の中で、修に“本気に見えない”と云われた時、佳代の中で何かが崩れた。
自分のピッチングを追い求め、闇の中をもがいているような様は、他人からは“手を抜いてる”としか見えないのかと思うと虚しさだけが残った。
(…このまま居たんじゃ、修がうるさいだろうな)
佳代はそう思うと、麦茶をコップに注いで一気に飲み干し、洗面所に向かった。
(今日は日曜だから、まだ起きて来ない。今のうちだ…)
手早く洗面を済ませ、自室に戻って服を着替えた。
財布の中身は1,500円ちょっと。
「これだけあれば、なんとかなるでしょ」
財布をポケットにしまうと、机に向かい、ノートになにやら書き残した。
「これでヨシと…」
書いた文章を満足気に眺めた後、そっと玄関を開けて外に出た。
「…ん…ふう、気持ちいい」
玄関前で2度目の伸びをする。まだ気温が上がっていない夏の空気は、清々しささえ感じた。
佳代の顔は、これからのことを考えて微笑んでいる。
「さて。まずはコンビニだね」
そう云うと、家の前の道を西へと進みだした。
あては無い。ただ、思いつくまま歩いてみようと。
10分後、コンビニのイートイン・スペースに佳代の姿があった。
ここは通学路途中にあり、彼女も時折、寄ったりするのだが、店内で食べたりしたことは無かった。
コロッケパンと焼きそばパン、それにジュースを買って席に着く。客は途絶えることなく訪れるのだが、こんな時刻にこんな場所で食べる人はいない。
逆に周りの客の方が、“おかしなヤツ”という視線を佳代に投げかけている。
しかし、佳代の顔に辛さは無い。むしろ、“新しい発見”でもしたように気持ちが高揚していた。
食べながら窓の外に目をやった。10キロほど離れた処にある山の中腹あたりには、ようやく顔を現した太陽が、空を朱色に焦がしていた。
「…きれいな朝焼け。今日は雨かな…?」
そのわりには空気が澄んでいるようで、頂上付近にある観測所まではっきり見てとれる。
「まっ、いいや」
食べ終わったゴミを持って席を立った。
「行くか」
佳代はコンビニを出た。目の前には、東から西へと県道がはしっている。彼女の手には先ほど使ったストローが握られていた。
「よッ…と」
かけ声とともに放り投げたストローは、空中でクルクルと舞い、やがて地面に落ちた。
「ヨシッ、西だね」
佳代はストローを拾ってゴミ箱に捨てると、県道を西に歩き始めたのだった。