やっぱすっきゃねん!VK-3
「おまえは、オレやオレの仲間が持っていた悔しかった思いをリベンジしてくれたんだ」
野球をやりだしてというもの、兄に褒められたことなど幾らもない。そんな兄が自分に対して頭を下げていた。
直也は、感極まりそうになるのを必死にこらえて答えた。
「…こ、こんなところじゃ終わらないよ。オレ逹の目標は全国制覇なんだから」
「そうだったな…」
弟に逆手をとられ、信也は顔をほころばせる。
「それに、オレはリベンジしたなんて思ってないよ」
「……?」
「兄貴が去年の秋季大会決勝で見せたピッチング。あれに迫るようなピッチングをしなきゃ、全国じゃ勝てない」
「そうか。だったら、精一杯投げろ。仲間を信じてな」
「ありがとう…兄貴」
互いが微笑んだ。兄弟の心が、久しぶりに通いあった瞬間だった。
夜。昼間の射すような暑さと異なり、湿気を多く含んだ夜の空気は粘付くような鬱陶しさを肌にあたえる。
そんな不快さを吹き飛ばすような、猛々しい笑い声が店のあちこちから聞こえてくる。
ここは、中学校から西に10分と離れていない場所に位置する飲み屋街。その中の1軒に永井に葛城、一哉の姿があった。
「私はね、今日ほど嬉しかったことはなかったッ」
熱く語る永井の手には、ビールジョッキが握られている。
「…あの準々決勝の東邦戦から、見違えるように逞しくなりましたから」
そう云うとジョッキを傾け、半分ほどを一気に流し込んだ。すでに3杯目ということもあり、永井は顔どころか首筋までも赤くなっている。
「これも藤野さんに葛城さんのおかげですッ!本当にありがとうございますッ」
「そんなッ…わたしなんて」
葛城は永井の言葉に謙遜しながらも、その顔は笑顔で溢れている。自分が就任した年に優勝を出来たことが嬉しいのだ。
「正直、不安でした。コーチを引き受けたのはいいけど、果たして私に指導出来るのかって。大学まで野球やってましたけど、女子はレベル的にみて、中学野球と変わらない程度ですから」
酔った勢いもあってか、葛城は初めて胸の奥にある不安を吐露した。
しかし、一哉は葛城の方を見て、
「そんなことはない」
そう云うと小さく首を振った。
「中学野球レベルというのは、女性がパワーで劣るからそう見えるだけです。ダッシュする時の1歩目やスローイング動作など、男性と変わらぬ反射神経を持っています」
「ご覧になったことが有るんですか?」
葛城が見せる驚きの顔に、一哉はただ、頷くとジョッキを傾けた。
「…昔、世界大会を。驚きました。女性があれほどやれるとは思いませんでしたから」
遠くを見るような目をすると、葛城の方を見て微笑んだ。