やっぱすっきゃねん!VK-2
「ただいま」
佳代が帰り着くと、家の中には人の気配がなかった。
「なんだ、修も居ないのか」
リビングのエアコンを入れると、ユニフォーム姿のまま床にゴロンと寝転がった。
両手を枕にして天井を見つめる。頭の中にあるもやもや感。
「なんだかなあ…」
いつの間にか、地区大会でのことを振り返っていた。
大会初戦で、ひとつのアウトも取れずに4失点。2回戦もさんざんな内容。準々決勝でなんとか結果を残せたが、今までとは違う変化球主体の“かわす”ピッチングによるもの。
佳代にすれば、“相手が打ち損じてくれて結果的に抑えている”という悪い印象しか残っていない。
そしてなにより、ポジションを失った。
1年生の頃からやってきたライトのポジションを、大会途中から加賀が守るようになって、ライトのレギュラーだった佳代は押し出されるカタチとなり、ピッチャーでしか試合に出場する機会はなくなってしまった。
その方が寂しかった。
「こんな調子じゃ…」
3回戦でのことが甦った。
ベンチから外され、観客席から自チームが戦う姿を見らねばならない惨めさが。
だからといって、佳代にはどうすれば良いのか分からない。今までと同様に、与えられた状況で精一杯やるしかなかった。
「やめた。これじゃ堂々巡りだ…」
そう独り言を呟くとムクリと起き出し、リビングからバスルームへ消えた。
同じころ、自宅に帰り着いた直也はシャワーを浴びてキッチンに居た。
冷蔵庫のフリーザーから保冷剤を取り出し、それを肩とひじに巻くと、バンテージで器用に固定する。
「くうう…」
疼くような痛みに思わず声が漏れる。大会中盤からの多投は、消耗品である肩やひじに重度の負担を強いていた。
次の県大会が始まるまでに5日間の猶予がある。それまでに少しでも回復を図り、良い状態で大会に臨みたいとケアに余念がなかった。
その時、玄関ドアの開く音が聴こえた。直也はイスから立ち上がると、玄関まで続く真っ直ぐな廊下の先に目をやった。
兄の信也が、部活を終えて帰って来たのだ。
「おかえり…」
小さな声で兄を出迎えた直也は、再びイスに腰かけて視線を逸らした。
信也は無言のままキッチンに近づき、冷蔵庫で立ち止まると、冷えたお茶をコップに注いだ。
横目で見つめる直也。ひと廻り大きく見える兄の体躯は、高校での練習が、いかに過酷であるかを如実に物語っていた。
信也の口許からコップが離れた。その身体がクルリと後ろを向き、視線が直也を捉える。
「…直也」
「なんだよ…?」
真面目な顔に低く通りの良い声。一瞬、身構える直也。
互いに忙しくて、ここ数ヶ月は言葉も交わしていない。
まして男同士。交わす言葉もない。
そんな思いを捨てたのは信也の方だった。
「ついに優勝したな」
声をかけた信也の顔は、柔和に変わっていた。