「瓦礫のジェネレーション」-45
第五章「絆」
輿石家では葬儀の準備が極めて事務的に進められていた。大物代議士の後継者と目されていた人物の死ということもあり、参列者もかなりの数にのぼることが予想され、関係者には感傷にひたる暇はなかった。
岳人の傷は深く、出血によるショックでほとんど即死に近い状態だった。犯人と思われる市丸の所在はいまだつかめていない。
4年振りに輿石家に戻った陸は、秘書とともに葬儀準備をテキパキと取り仕切っている。その手伝いをする中に美咲の姿もあった。
「美咲、少し休めよ。大丈夫か?」
「大丈夫。陸こそずっと働きづめじゃない。ちょっとは休まないと……」
(やっぱり責任を感じているんだな、美咲は……)
陸は心を痛めていた。確かに市丸を追い詰めるきっかけになったのが美咲との一件なのは間違いない。しかしこんな事態を誰一人予想できる筈もなかった。美咲のせいではない、と言ってはみるものの、起きたことの重大さの前では慰めにすらならなかった。それを言えば陸こそが、この件に岳人を巻き込んだ張本人であるのだ。
(俺が兄貴を頼ったりしなければ……あんなことを兄貴に頼まなければこんなことにならなかったのに)
「美咲、今日は早めに帰った方がいいよ。明日また手伝ってもらうことがあるし……」
準備に出入りしていた人間がだいぶ減ったところで、陸が声をかけた。美咲は
「最後まで残る。なんだったら泊まっていったっていいし」
と言うものの、周囲の目というものもあるし、やはり正式に婚約したわけでもない美咲を泊めるわけにはいかない。陸は、抱き締めて緊張し通しの心と体を一晩中癒して欲しいという気持ちをなんとか押し止め、健志を呼び出して美咲を送らせた。市丸の身柄が確保されていない状態で、美咲をひとりで行動させるわけにはいかないのだ。
「悪いな、健ちゃん。ちゃんと送っていってくれよ」
「俺の方こそ。陸さんが大変な時に一人でばっくれてて、申し訳なかったから、このぐらい……」
「じゃあ、陸、おやすみ。ちゃんと睡眠とってよね」
「わかってるよ。おやすみ。明日また」
健志の車を見送った陸は瓶のビールとグラスを持って自分の部屋へ入った。さすがに疲れが出たのかうとうとしかけた頃、ドアをノックする音がした。開けると美奈子が立っていた。
美奈子は他の秘書とともに葬儀の準備にかかりきりで、それまで陸と話をする機会もなかったのだ。最愛の恋人を失ったばかりの美奈子は、準備の間は気を張りつめていたのか有能な秘書ぶりを発揮していたが、こうして二人きりになって見るとあきらかにやつれた表情をしている。
「陸……、私……」
美奈子はそれだけ言うと、陸の胸に倒れこんだ。
「美奈子……」
陸はあわてて美奈子を部屋に引き入れ、ドアを閉めた。
(こんなところ、親父や他の秘書連中に見つかったら何言われるか……)
とりあえずベッドに美奈子を腰掛けさせた。美奈子は弱々しい声で
「ごめん、陸。あなたに甘える資格なんてないのに……」
とつぶやいた。気丈にふるまってはいたものの、誰よりも、おそらく陸自身や父・寛一以上に悲しみにうちひしがれているに違いないのだ。
「いいよ、辛いときはお互い様だし」
陸は平静を装ってそう言った。
(美奈子の香りだ……昔と同じ香り)
胸に抱きとめたときの髪の匂い、すぐそばに感じる体温……陸はどうしてもボストンでの日々を思い出さずにはいられなかった。美奈子は兄の恋人で、今はその兄の死の直後なのだ、そう頭では考えても、二人きりでいると意識してしまう。