ハロウィン-1
僕は今日も、行き着けの喫茶店に足を運ぶ。
ドアを開けるとカラン、と小さく鐘がなる。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか」
彼女はわかってるくせに、いつもそう言って僕を出迎える。
決まって通されるのは一番奥のテーブル。
いつしかここは、僕の指定席となっていた。
「ご注文はいかがいたしましょう」
「ブレンドコーヒーで」
「かしこまりました」
彼女は笑顔でカウンターへと向かっていった。
僕がこの喫茶店に通い続ける理由。
それは勿論、この店のレトロな雰囲気だとか、ちょっと濃いめのブレンドコーヒーだとか、いろいろな理由があるけれど。
一番はウェイトレスの彼女だった。
半年前になんの理由もなくふらふらと立ち寄った喫茶店。
そこには彼女の姿があった。
たぶん、一目惚れだと思う。
今となんにも変わらない姿、その笑顔で、いらっしゃいませ、と出迎えられたとき、少なからず僕の体には稲妻が走ったと思う。
それ以来、時間の合間を見つけて、本を読みにこの喫茶店に訪れている。
僕がなぜ彼女のことを彼女と呼ぶのか。
答えは簡単、名前を知らないからだ。
もちろん名前を知らないわけだから、年齢も血液型も誕生日も、恋人がいるかなんてもってのほかだ。
僕は大学生だけど、彼女はフリーターなのだろうか。
それとも実は正社員だったりして。
マスターの奥さんという可能性だって否定できない。
恋をしたのなら、話しかけて少しずつ彼女を知っていくくらいの努力は必要だと思う。
でも僕はそれができないから、一番奥の少し薄暗い席で黙って本を読んでいるだけ。
なんてつまらない男なのだろう。
自分にがっかりしながらも、結局何もできずにコーヒーを啜り、ページを捲る。