……タイッ!? 第四話「暴きタイッ!?」-22
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午後の練習、当然ながら久恵は来なかった。
愛理にその旨を伝えると、彼女も心配らしく携帯で連絡を取ろうとしていた。が、
三回かけ直したあと、首を捻って携帯をしまう。
携帯に出ない。ということはつまり……。
「ちょっとノリチン?」
突然の理恵の声にぶるっと身を震わせる紀夫。
「ん? 何?」
「ぼおっとしてた」
「ゴメン、ちょっと暑さで……」
どうしたの? と言いたそうな顔の理恵。心配させても勘ぐられかねないと笑って
誤魔化す紀夫。
「そっか、しょうがないよね、暑いもん」
理恵もうんざりした様子で言うと、そのまま日陰へと行く。
「えっと、紀夫君、じゃなかった、マネージャー君」
振り返ると愛理がパタパタと駆け寄ってくる。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
「なんですか?」
「あのね、合宿の皆が忘れものしたんだって。だから、私ちょっと……」
「ああ、そういう事なら任せてください。忘れ物を届ければいいんですね?」
「え? あ、いや、そうじゃなくて私が届けるから……」
合宿が始まって今日で三日。おそらく忘れ物を届けるのは口実で、本当は年下の恋
人に会いたいがため。
「ダメですよ。キャプテンもいないのに先生までいなかったら陸上部はどうなるんで
すか? 僕が行ってきますから、忘れ物ってなんですか?」
自分の言っていることは正論。そもそも雑用兼任のマネージャーなのだから、なに
も問題はない。
もちろんそれは口実で、本当は相思相愛の二人を邪魔してみたくなったから……。
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届け物はゼッケンと部員の名簿と住所録で、即必要ではないものの確認に使うらし
い。
紀夫は渋る愛理から荷物を受け取り、「一緒に行く」と言い出した理恵を「補習が
あるでしょ」と諭す。
郊外に出るとだんだん建物がまばらになり、代わりに畑や田んぼが広がりだす。
合宿の場所は葛城大学の総合運動場で、相模原からはバスを乗り継ぐ必要がある。
ただし運動場は山間にあり、バスは朝夕一本ずつ。なんとか夕方のバスには間に
合ったので、帰りはタクシーでも使おうと計画する。
――何焦ってんだろ?
一番後ろの席に座り、整理券を握る紀夫。思い出すのは理恵の求めに応じなかった
こと。
もともと合宿に参加しない彼女を連れて行くのは筋違い。と思う一方、彼女を同伴
するになれなかった。
彼女には補習もある。本当は一日ぐらいさぼったところで問題もないだろう。そも
そも他人事なのだし。
けれど今だけは邪魔に思えた。
――誤解されても困る。
紀夫はそう自分に言い聞かせた。
とはいえ、誰に誤解されるのが困るのか?
葛城運動場駅を前に、汗ばむ手の中で整理券のインクが滲んでいた……。