ラプンツェルブルー 第6話-1
天井まで届く窓からは淡い陽光が落ち、冬の日曜日の昼間近を告げている。
紙擦れの乾いた音や微かな咳ばらいさえ、たちこめる静寂に響くのだから、知らず息を潜めてしまうのは仕方がない事だろう。
行きつけない場所――例えばここ図書館など――はどうも苦手だ。
息苦しさに、長居は無用と資料を返すべく返却カウンターへと足を向ける。
その時、
「津田さん」
馴れない場所で、僕と同じ名を呼ぶ声に足を停められ振り返ると、冬の寒々したそこに春を思わせる人が立っていた。
「やっぱり津田さんでしたね。あの、覚えていらっしゃるかしら」
静寂を乱さないのに、朗らかな声はここに馴染んだ人のそれだ。
傍らのワゴンに積まれた書籍と、エプロンに付いた『早川』の名札が、彼女がここの司書である事を知らせている。
「はい、駅員室で」
一方馴れない静寂に気圧され、単語のぶつ切りのような僕の返事だったが、彼女には伝わったようだ。
ふんわりと浮かぶ柔らかな笑顔。それだけで周りの空気が暖かく感じられる。
「ご自宅にうかがった時、お母様しかいらっしゃらなかったから、きちんとお礼もできないままでごめんなさいね」
「母から聞きました。こちらこそあの時は言い過ぎてしまって」
すみません。と、言い終わる少し前に、僕の耳に微かに届いたアルト。
「お姉ちゃん」
小さなその声は背後から。
僕が振り向くのと、『お姉ちゃん』が声の主に小さく手を挙げて応えるのは、ほぼ同時だった。
彼女の姉が『ここ』にいるくらいだから、彼女が一緒である事は考えられなくも無かったのだが。
偶然とは、かくも重なるものか。
「津田くん……どうしてここに?」
かたや彼女にとって僕の『ここ』での存在はかなり異質に違いないことで。
現に栗色の前髪の向こうでヘーゼルナッツの瞳を意外そうに見開いている。
「一応本を返しに来たんだけど?」
片手の物を軽く掲げた僕のいらえの意を解したのか、抱えていた本で口元を隠し微かに俯いた。
「なぁ、どうでもいいけど、ここ笑うところか?」
看破され些かバツが悪そうに見上げる視線が、僕の心のどこかを微かに揺さぶる。
「ごめんなさい。その本が『ラプンツェル』だったら面白いなぁって……」
「……それ、全然笑えないんだけど」
しかし、僕らのやり取りに一番意外を感じたのは『彼女』だった。
「二人はもうお友達?」
「ち、違っ。友達ってわけじゃ……」
耳まで朱を刷き慌てて否定する妹に、楽しげに目を輝かせ、頬を上気させる姉。
同じ『赤らめる』なのに、ずいぶん意味合いと温度の違う双方を見比べ僕は笑いを堪えた。
「そうだわ、これから一緒にお昼なんてどう?」
「お姉ちゃん?」
「千紗を助けていただいたお礼も兼ねて。もうすぐ陽希さんも来るから4人で……ね?」
ぐっと黙った妹から僕に移したまなざしはとても穏やかで。と思いきや。
「津田さん、ご都合はいかがですか?」
矛先が急に変わり、今度は僕が戸惑う番だった。
まるでジェットコースターのような展開。慌てて対応の糸を手繰る。