ラプンツェルブルー 第6話-2
「お礼なんて」
いいですから……と答えかけた僕のハーフコートの裾が、くいと躊躇いがちに引かれ振り向くと、
「時間ないかな?お姉ちゃんもああ言ってるし」
強い瞳とはうらはらに、裾を掴む手と声にほんの僅かな震えを感じ、僕は無意識のうちに首を縦に振っていたのだった。
そして、僕は冬の日曜の昼下がりを、思いもよらない場所で、思いがけない面子と過ごしている。
案内された場所は榛色の床に漆喰の壁、船の明かり取りに似た丸い嵌め殺しの窓が列ぶ暖かで落ち着いた雰囲気のビストロだった。
食事は美味かった……のだろう。
後から来た『ハルキさん』とまるで漫才のような掛け合いをする彼女を眺めながら、フォークとナイフを使っていたおかげで、僕は何を食べたんだかさっぱり覚えていなかった。
「津田くんは千紗ちゃんのボーイフレンド?」
『ハルキさん』の直球ど真ん中の不意討ちに僕は危うく口に運んだばかりのコーヒーを噴き出しかけた。
否定の言葉は彼女の方がわずかに早くて、思わず互いを見る。
「この前再会する機会があって、少し話をしただけですよ」
「今日逢ったのは偶然なんだから」
僕の言葉を継ぐようにして彼女が続く。
『ハルキさん』は楽しそうに目を細め彼女を見つめている。
「ふぅん。でも千紗ちゃんがこんな風に男の子と一緒って初めてだよね?」
「最終的に津田さんをランチに誘ったのって千紗だったわ?」
「お姉ちゃんまで!先生たちのお邪魔虫になるのが癪だったからよ」
ムキになって反論するアルトに、朗らかさを混ぜる彼女。
「千紗ちゃんは邪魔じゃないよ」
「ムリしちゃって〜」
こどもっぽく頬を膨らませ、椅子の背にわざと乱暴に身体を投げる彼女。
「ムリなんかしてないよ。千紗ちゃんは妹同然なんだし」
「ホントに?じゃあ、こないだ先生が見せてくれた絵本。ねだっちゃおっかなぁ?」
「えぇ?あれを〜?」
「先生、今すっごいトホホな顔してるよ〜」
饒舌でよく笑う彼女。
どこか脆い硝子細工のように見えるのは気のせいだろうか。
他愛のないやり取りを眺めながら、口に運んだコーヒーは、ようやくほろ苦いと感じられた。