カウントダウン-3
*
「何これ?」
「勉強道具」
あたしの問い掛けに、先生はあっさりと答えた。それくらい見ればわかるよ。
ペンにノートに教科書。これが何かわからなかったら高校生として壊滅的だと思う。というか、あたしが言いたいのはそんなことじゃなくて。
「今日は映画観るんじゃなかったの?‘二百一匹豚ちゃん’」
折角の日曜で、二人っきりで、目一杯お洒落もして。
それなのに、なんで先生の部屋のガラステーブルの上には勉強道具があるのかがあたしには疑問だった。
「ほら、映画観ようよ」
部屋の端に追いやられたピンクの豚が印刷されたDVDのパッケージを目敏く見つけて、先生の眼前に突き出す。
「あっ」という間に手からかすめ取られて、ピンクの豚は先生の手に堕ちた。豚の裏切り者め。
「これは勉強の後な」
パッケージのピンクの豚は、分厚い教科書の間に挟まれてしまった。プギューって断末魔みたいな悲鳴が聞こえた気がした。
「もう成績気にしなくていいじゃん」
あたしは不機嫌に先生へ投げかける。もう進路の決まったあたしには、今度の定期試験なんて微塵も興味がないものだった。
「だからこそ真面目にやるんだよ」
不貞腐れて頬を膨らませると、豚そっくりと笑われて、余計カチンときた。フンッてそっぽを向いてやるんだから。
「最後くらい、最高点で終わりたいだろ」
思わず、むぅと唸る。
優しい声に穏やかな口調。あたしはこんな時の先生に滅法弱い。ぶつくさ愚痴りながらも、結局教科書の前に向かう羽目になる。
「教師ぶっちゃって」
「ま、事実教師だしな」
「あっそ。……ねぇ、じゃあさ勉強頑張ったら」
「はいはい」
「映画じゃなくて、先生が欲しい」
あたしの言葉に、先生の瞳は一瞬だけ見開かれ、そしてすぐに細められる。
先生はこんな時あたしのことを可愛いって思ってくれる。これは自惚れじゃない筈。
だって、その証拠に、ほら。
先生の大きな掌が、あたしの頭に落ちてくる。
そして、まただ。
また先生の動きが止まる。