生まれたての愛を-1
私の人生において「愛」というものは無縁な存在だった。
とはいえ、人並みの人生を歩んできたつもりではいたし、恋愛だってそれなりに経験してきたつもりではある。
そこそこに大切に育てられ、そこそこに恋愛をしてきた。
それでも、私と付き合った彼らは総じて「愛がない」と口を揃えて私から去っていく。
そもそも「愛」とはなんなのか。
定義すら分からなくて、辞書を引いたこともある。
それほどに私と「愛」は交わることも、すれ違うこともなく、遥か遠い存在だったのだ。
――――だから、今、私は困惑している。
突然、私の中に生まれた愛をどうしたらいいのか。私はその答えを導き出せそうになかった。
◇
毎夜、終電ぎりぎりに残業が終わる頃には外は闇に包まれている。
会社帰りに通るその道は、いつもありふれた景色に満ちていた。
数歩先の石畳を仄かに照らす街灯に、時折横を抜けていく車の眩いヘッドライト。公園から聞こえるブランコが風で揺れる音。
どれもこれも変わらないものばかり。
そんな当たり前の景色の中で、私は今日「何か」を見つけた。
違和感を感じたのは、ただそれが異質だったからかもしれない。無機質の中に息づいている「何か」は、とりわけこの景色でちぐはぐな存在だったのだ。
まずその違和感を感知したのは耳だったけれど、一度その違和感に気がつくと、目から心から、体の全てをその「何か」に持って行かれてしまう。
ただ疲れた顔をして帰宅するだけの私にも感じ取れるくらいに、「何か」はこの景色で異端な存在だったのだ。
初めは猫だと思った。いや、猫であって欲しかった。
けれど、私の鼓膜を小さく震わせたのは泣き声で、そしてそれは紛れもなく赤ん坊の泣き声だった。
違う点といえば、テレビドラマや友人の子供とは違い、とても小さな泣き声だったこと。微かな泣き声は、耳を掠める風音にかき消されてしまいそうな程弱々しい。
若干の恐怖を胸に抱きながら、声の方向へとゆっくりと足を向かわせる。
心臓がいつもより速く鼓動を刻んでいるのを感じながら、私は足を早めた。
泣き声はやや狭めの児童公園からだった。
寂れた公園の端にはベンチが一台置いてある。その周りを夏にすっかり伸びきった雑草が、ベンチの居場所を侵食しながら茂っていた。そこに一歩一歩近づく度に、耳がより鮮明に泣き声を捉える。
街灯が鈍く照らすのは、所々塗装の剥げた青いベンチ。そこに何かがいるのが見えた。仄暗い視界の中、私は目を凝らす。
そこにいた「何か」の姿を見つけた時、声にならない悲鳴が上がる。