生まれたての愛を-3
「……ねぇ」
電話を終え、目の前の小さな顔を見つめ呟く。赤ん坊は反応を示さない。それでも私は囁くように続けた。
「君はどこから来たの?」
なんて馬鹿馬鹿しいことを聞いているんだろう。
頭の隅では自分の言っている言葉の意味を理解していた。まだ口も利けない赤ん坊にどこから来たなんて、わかるわけも、答えるわけもない。
赤ん坊はまた泣き出してしまった。私の問い掛けが不安を与えてしまったように思えて、慌てて声を掛ける。
「ごめん、今のは忘れて」
タイミングを図ったように、赤ん坊は泣くのを止めた。
安堵すると同時に、胸に仄かな願いが宿る。小さな赤ん坊。この子にはどんな未来が待っているんだろう。突きつけられた現実に惑うことなく、この子に幸せが訪れて欲しいと思う。
「ねぇ、君は幸せになってね」
私の囁きに答えるように、赤ん坊の手が不意に私の小指を掴んだ。弱り切っていた筈なのに、私の小指を掴んだ手は力強く生気に溢れているようだった。
熱い。
掴まれた小指に今まで感じたことのない熱が襲う。血潮がたぎるような感覚が小指を通して心臓へ、足へ、体中に広がっていく。
この子を幸せにしてあげたい。
赤ん坊を見つめたままじわじわと灯る願いは淡く揺らめいている。私の中で何かが生まれている、そんな感覚がした。
これになんと名前を付けよう。
同情でも、憐れみでもなく、温かく心地良い何かが私の心を支配する。
―――これが愛なのかもしれない。
そう認識した途端に、私は狼狽してしまう。
どうすればいいのかわからなかった。
生まれて初めての感情に私はただ戸惑うしかない。それでも、赤ん坊から視線を外すことは出来なかった。
「ねぇ、君は私と一緒に――……」
無意識の内に、口から零れ出した言葉を飲み込む。
飲み込まれた言葉は消えることなく、私の中に存在したままだ。
まるで、口に含んだ飴をどうすることも出来ないようだった。生まれたての愛を吐き出すこともなく、口の中で転がして持て余している。
コロコロと不確かに動くこの愛は、確かに私の中に存在しているのだ。
けたたましいサイレンが、夜の空気を壊していく。
それに呼ばれるように、一人また一人野次馬が現れる。夜の静寂はすっかり消え去ってしまった。きっとしばらくは戻ってくることはないだろう。
この公園の前の道を今日いったいどれだけの人が通ったのか。
野次馬を視界の端に捉えながら、そんな疑問が脳裏を掠める。勿論、答えが出ることはないけれど、それでもその疑問を捨てることは出来なかった。
第一、この赤ん坊が何時から此処にいたのかさえもわからない。
時計に目をやる。時計の短針は、いつの間にか日付の境界辺りまで近づいていた。