脆弱-1
真っ暗な部屋で目を覚ます。
霞みがかった頭の中にまず浮かんだのは、インスタントコーヒー。
妻がなくなりそうだと言って、瓶を覗いていた。
-明日の昼飲んだら、終わっちゃうなぁ-
妻の柔らかい声を思い出す。
その言葉で最後に飲んだのは自分だと気付いた。
日曜の午後に何の気無しに飲んだ。
分量を間違えたらしく、ひどく苦く、甘かった。
そうだ。
新しいのを買って帰ってやらなきゃ。
それを思い出した。
徐々に意識がはっきりしてくる。
見覚えのない部屋を見渡して、ランプの横にあるルームキーが目に入ったとき、数時間前に入ったホテルの入口で揺れていたライトの色が、目の前を通り過ぎた。
体を起こして、横で寝息を立てる女の髪を撫でる。
十も年下のこの女も、もう若くない。
こうして改めて見ると、どことなく妻に似ている。
不倫相手には違ったタイプの女を選ぶものだろうか。
どちらに重ねているのか、考えたところで仕方ない。
そんなことを考えて、もう一度彼女を見ると、先程と同じ体勢で目だけが開いて、こちらを見つめていた。
寝顔を想定していただけに、ぎょっとした。
「起きてたのか。」
「今、何考えてたの?」
「えっ…。」
探るような視線に少し驚き、言葉に詰まる。
「別に、何も。」
意味の分からない笑いと一緒に答えると、彼女は一瞬目を伏せてベッドから出た。
今更羞恥心も湧いて来ないのか、裸のまま冷蔵庫まで歩いていく。
その後ろ姿を見て、太ったな、とぼんやり思った。
「何か飲む?」
彼女は冷蔵庫の扉を開けて、場違いな笑顔で俺に尋ねる。
「いや、喉は渇いてないから。」
俺の言葉に、彼女は困ったような顔で、なぜだか大袈裟に笑った。
「あ、そうだよね、さっき飲んだし水がいいかな。」
せかせかとグラスを取り出す彼女がなんだか哀しく見える。
「いいよ、横になってなよ。」
彼女のことを思って言ったのだが、彼女はまるで突き放されたかのように悲しそうな顔をした。
その瞳は何か言いたげだったが、俺はその視線になんとも言えず、微妙な笑いを返した。
彼女の顔はますます焦燥感を漂わせて、俺の隣に急ぎ足で戻ってくる。