多分、救いのない話。-8--1
「哀しい話。(中略)
本当に救われるべき人が、救われてない」
(自作映画の感想の一部
西暦一九九四年 春)
何がいけなかった?
慈愛は考える。答えは分かり切っていた。『秘密基地』に先生たちを入れたことだ。
自分と母の二人だけの《秘密》。それを守れなかった自分が一番悪いのだ。
母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は悪くない。母は…………
《アレ》で母の気が済むなら、慈愛はそれでよかったのに。
だけど、だけど。《アレ》は――みーちゃんの、
「慈愛」
「……お母、さん? メグ、あれ?」
気付けば自宅の寝室だった。いつの間にか着替えさせられていて、パジャマ姿だった。
「大丈夫。慈愛は何も悪くないんだから」
ポン、ポン、と、ゆったりとした感覚で、掛け布団の端を優しく叩く。
《優しいお母さん》の声と、そのリズムが重なり、不安は抜けていく。
「全部慈愛の望み通りにするわ。あとは全部、私に任せればいいから――」
ポン、ポン。ポン、ポン。
「さあ、慈愛はどうしてほしい? お母さんに言ってみて?」
ポン、ポン、ポン、ポン。
「……《アレ》、お母さんは……どうするの……?」
「もう少し、愉しみたかったのだけど。まあいいわ、あれで充分。けどね、慈愛」
ポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポン。
「お父さんのこと、アレなんて言っちゃ駄目よ」
ポン。音が止まった。
「……わかんない。メグは、お母さんの方が理解らないよ?」
「……」
ポンポンポン。少し音が早くなった。
「お母さんにあんな酷いことして、どうして《アレ》をそんな風に言えるの?」
ポン、ポン、ポン。また音の間隔が戻った。
「まあ、慈愛には理解らないと思うわ。あのね、慈愛」
ポン、ポン、ポン、ポン、
「子供はね、両親の仲を完全には理解出来ないの。私もそうだったから」
ポン、ポン、ポン、ポン、
「ねぇ、慈愛」
ポン。
「葉月先生と水瀬先生のこと、どうしようか?」
ずっと、《優しいお母さん》でずっといてほしい。
慈愛の願いはたった一つで、そしてその願いは叶った。
……なのに、何故。
――どうして、お母さんは、こんな怖い事を優しく微笑みながら、唯一の家族に訊けるのだろう。