多分、救いのない話。-8--7
《秘密基地》に来てから何日が経過したのだろうか。
《アレ》とは話す気にならない。けども言っておかないとならなかった。
「お母さんが、もうすぐ来る」
「……」
《コレ》は喋らない。《秘密基地》に連れてきた時はまだ話せたが、ここに来てからもう七年近い。その間、話相手は慈愛ただ一人で、慈愛も積極的に会話しようとしていたわけではない。
だからいつしか、話し方を忘れてしまったようだった。
「お母さんに、会ってもらう」
正直、怖かった。
慈愛は、母が《怖いお母さん》になってしまうのはずっと、今でも《コレ》のせいだと思っている。
《コレ》のことを知った時、だから――最初は、母から隠そうと思った。もし会ったら、――何もかもが壊れる。そんな予感がしたから。
母に《秘密基地》の存在は教えた。でも、場所は教えなかった。
最初はただの打ち捨てられたプレハブ小屋しかなかった。でも、母が“調べようと思えば出来る”場所なら、何処でもよかった。
隠したい。絶対見つかってはならない。だけど、幼い慈愛には“絶対見つからない場所”がどうしても思いつかなかった。
だから、敢えて存在を教えて、ごっこ遊びの延長だと思わせ、『絶対来ちゃダメ』という約束をした。
その約束だけが、生命線。
何ヶ月かして、《コレ》が刑務所から出てきて、その直後に。ここに、連れてきた。
《コレ》には慈愛が、母の子であるとすぐにわかったらしい。スタンガンでの実力行使をせずにすんなりと、ここに来てくれた。
もうこの頃には、抜け殻のような、生気のないイメージしか、慈愛にはない。
苛立ちが募っていく。
母に“叱られた”時、嫌なことがあった時――全てを《コレ》に押しつけた。
怒鳴りつけたこともあるし、母のように嗤いながら“怖いこと”を囁き続けたことも――ある。
《コレ》が母にしたことを思えば、むしろ慈愛は優しく扱ってた方だと思う。
食料も衣服も最低限以上は与えてた。株を始めてからは自由に効くお金が増え、《秘密基地》を地下室として母にばれないように業者に頼んだ。その間が一番ばれないか不安と焦燥感で怖かった。それが三年ほど前の話。
その間も、これまでも、母はずっと変わらずに《優しいお母さん》であり《怖いお母さん》だった。
《優しいお母さん》がいるなら、慈愛は問題なかった。《コレ》を見た時の、母の反応こそが――一番怖かった。
《棄てられる》、その想いが、嘘を数年支えてきた。
母は約束通り、《秘密基地》には近付かないでいてくれた。慈愛がいい子にして、母に近付く理由を作らなかったことも、理由の一つ。
ずっとこの嘘は続く、そう思っていたのに。
――家庭訪問。
それから、歯車が噛み合わなくなった。