多分、救いのない話。-8--10
「……やっと納得出来たわ」
「…………」
「あなたね、いい子なのよ。本当に、いい子……私の子とは思えないくらい、無邪気で、自然に他人と触れ合って、……不思議だった。私にはない部分を持って産まれてきたのかとばかり思っていたけど」
《アレ》に触れる。まるで夫婦のように、当たり前に。
「この人に全部全部ぶつけてたのね。……私が与えてきた痛み、全てを」
《アレ》の唇に母が触れても、《アレ》は反応しない。いや、出来ない。
「ねぇ、お父さんとどんな会話をしてきたの? どんな遊びをしてきたの? この人が言葉を失う程の遊びって、どんなの?」
くすくす笑う母に。
同じように、慈愛は笑ってみせる。
「お母さんだけ仲間外れしてきて、申し訳ないなぁって思ってるですよ」
――父親とか犯罪者とか、そういう問題ではなかった。
慈愛もその母も。
まるで、人間扱いしていない。
「……お願い聞いてくれたら、《コレ》上げます」
「……なるほど。それが目的なの」
得心がいった母は、まんざらでもなさそうだった。
「生贄ね。何がいいの? ……ふふっ、この人と引き換えなら……大抵のことはきいてもいいわ」
その言葉を聞いて。
「……。何で」
慈愛の貌を満たしていた笑みが、消えてしまった。
残ったのは、棄てられることを恐れる幼子の貌。
「何で、そんなやつのこと……っ!!」
母は一瞬、笑みを消した。そして。
「慈愛」
――《優しいお母さん》の、全てを包み込む微笑みを浮かべ。
「私はあなたを棄てない。あなたが何を言っても、何をしても、何を求めても」
断言、した。
「ごめんなさい」
そして、微笑みは消えて、誠実に真摯に。
「怖かったのね……」
母は目を閉じる。子は、何も言わない。
「約束する」
母が再び目を開いた時、瞳に映ったのは、今にも壊れそうな子供。
「ずっと、あなたの傍にいる――」
子はようやく、口を開く。
「ずっと、《優しいお母さん》で、いてくれますか?」
「慈愛が望むなら」
やっと。ずっとずっと望んでた。
慈愛の望みが叶ったのだ。