『Summer Night's Dream』その3-7
「日向君は恵まれているから、恵まれている事に気づかないんだよ」
それは贅沢だよ。
彼女はそう言った。
幸せは自覚できない、と。
彼女にとって、幸せの定義とは何なのだろうか。
こうやって、一緒になって。
二人になって、三人になって、四人になればその答えは見つかるのだろうか。
電車が停止して、陽介達は立ち上がった。改札を抜け、バスの停留所まで彼女を見送った。
ステップに足を掛けた所でさくらは振り返って手を振った。
陽介も照れくさかったが同じようにした。
「じゃあ、昨日と同じ時間にこの場所で」
「うん、よろしくね」
バスが音を震わせて去っていく。陽介は立ち止まってその背中を見送った。
小さな背中だった。
バスは走りつづけた。
そこから目をそらすことができずに、陽介は停留所から動けずにいた。
目線を上げると、暮れていく空が頭上に広がっていた。
この瞬間になって思い返せば、今しがたの陽介の拙い想像も、半分くらいは当たっていたのかもしれない。
家を飛び出し、制服まで持ち出して夜の学校に忍び込んだ彼女を、陽介は心のどこかで気の強い女の子だなと勝手に思い込んでいた。
しかし、その認識は、陽介の内側でくるくると空回りするばかりで、外に向かおうとはしなかった。
ふと、思う。
さくらが探しているのは、自分自身の夢の欠片だけじゃないのかもしれない。