Heaven knows.-12
教室に帰ってハンカチが無いことに気が付いた私は、夢じゃなかったんだ、と思って少し嬉しかった。それを気味が悪い、と思わなかった私はどこかおかしいのだろうか。
目を閉じる度、目蓋の裏に浮かび上がる姿は色褪せる事はなく、むしろ日が経つにつれて鮮やかになっていく。
「……帰ろ」
それは常識的にあり得ない出来事で、お社の主人と触れ合うだなんて、そんな事あるわけがなくて。けれど白昼夢だとも思えなくて。
それでも今後はそうそう足を踏み入れる事は無いであろう高校の裏庭と裏山は私の「ミモリ」達との「長い一瞬」の出会いの場だったから、このまま卒業でお別れなのも寂しくて。
「卒業」に感じた寂しさとも少し違った寂しさを落ち着かせるように、ふう、と息を吐いてからゆっくりと目を開いて、お社に背を向けようとした時だった。
「……ぁ…」
一瞬のつむじ風の後、木々が鮮やかな緑を携えた。
「シュリ様シュリ様ー」
「シュリ様お久しぶりですー」
あ、と思った時には私のスカートを掴んでキャッキャとはしゃいでいる「エン」と「シャク」が居た。腰を下ろして二人に笑い掛けると、二人はキャハハと上機嫌な様子で私の周りを駆け回り始める。
「シュリ様ですー」
「ミモリ様、シュリ様ですー」
そうしてクルクルと何周か回って、お社に走っていった。
「待ちわびたぞ、我のシュリ」
透き通った声が降ってきた。
「さあ、こちらへ」
お社の屋根の上。
クスクスと笑うその美麗な姿はあの日から私を捕らえたままのお社の主人、「ミモリ」。
ふ、と柔らかく微笑むその煌びやかな雰囲気はあの日と同じ。
その透き通った声にも、美麗な姿にも、私はずっと焦がれていて。
「シュリ」
名前を呼ばれただけなのに震え上がるほどに体が熱くなる私は、屋根から降りたと同時に伸ばされた「ミモリ」の手にしっかりと掴まった。
「おめでとうございますー」
「すぐに酒宴のご用意をー」
キャッキャとはしゃぐ二人がそそくさとお社の中へと消えていき、その場は私とミモリと二人になった。
「……」
会いたい、とは思っていたのだけれど、実際会ってみるとどうしたら良いのかわからなくて黙りこくってしまった。「ミモリ」は、か、神様なんだから、何を話したら良いのかなんて見当もつかない。
あの日だって、とりたて会話をしたわけでもないから。
「我のシュリ、ようやっと来てくれたんだな」
私が掴んでいた手を「ミモリ」が引っ張り、あっという間に私は腕の中。
黙りな私を抱き竦め、頭を撫でながらそう言った。
「あなたに、会いたかった」
胸元に顔を埋め、小さく声に出すと「我も迎えに行こうとしていた」という声が聞こえ、私を抱き締めるのにますます力が入った。