彼女達からの10のお願い-1
特別養護老人ホーム『市松荘』。
「相原さーん、どうしましたか?お食事食べませんか?」
「すみませんが、うちの子供見ませんでしたか?いなくなっちゃって」
「お子さまは見ていないですね。私達が探してきますので、お食事していて下さい」
「でも、あの子泣き虫だから泣いてないかしら。私がいないと何も出来ないのよ」
「泣いていたら、誰かがあやして下さると思いますので大丈夫ですよ。心配しないで召し上がって下さい」
相原登紀子、76歳。
アルツハイマー型認知症。
「ちょっと、相原さん今日も夕方になると落ち着かなくて大変だったわ」
「最近毎日ね。子供が子供がって」
「昨日なんか中庭に出て穴を掘ってたわよ。中に子供が埋まってるんじゃないかーって」
アルツハイマー型認知症は、徐々に悪化していく病気である。
「もう、ホント駄目になってきたかも…。毎日毎日同じ事繰り返されてノイローゼなる…」
「あたしも…」
ピロピロリロリン
『すみませーん!誰かヘルプお願いしまーす!』
「どうしましたか?」
『216の相原さん、部屋中漏便してます!』
進行すると食事摂取・排泄行為も困難になり、最後には寝たきりになってしまう。
「辞める。無理だ私」
「…私も」
重労働・低賃金の介護職は、4人に1人は離職している。
どうして私達がこんな事をしているのだろう。
毎日が報われない日々。
どんなに声を掛けようと、どんなに一緒に過ごそうと、彼女達は名前はおろか顔さえも覚えていてくれない。