「花、堕ちる―前編―」-1
「藤吉。喉が渇いた」
千世は闇に向かって囁く。
すると、適温の白湯が湛えられた湯呑みが千世の手に置かれる。
湯呑みを持つ千世の手の上に、大きな手が添えられた。
もう片方の大きな手は、千世の背を軽く支え、白湯が飲みやすいように介助する。
千世の背中から、手から藤吉の体温が伝わってくる。
だが、千世は僅かに口をつけるや、藤吉の手を振り放って、湯呑みを投げつけた。
「熱い」
柱にでも当たったのか、湯呑みが無惨に割れる音がした。
藤吉は黙々と割れた湯呑みを片付けると、井戸水を汲んできて千世に手渡した。
こくりと音をたてて飲んだ、千世の唇にのった一滴の雫。
それが垂れる前に、藤吉が指でそっと拭う。
藤吉の指の余韻を確かめるように、千世は唇に指を這わす。
切なくて、もう何も映さなくなった千世の瞳からも雫が落ちそうになった。