「花、堕ちる―前編―」-3
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思わぬ方向へ、運命が動き出したのは、小春日和の如月だった。
あと二月ほどして、桜の咲く頃には、千世の結納がいよいよ交わされるということが決まった。
藍善は一家総出で店にでる。
それが、客にも評判が良かった。
驕らず、謙虚に。
危ない橋は渡らない。
そのような堅い商売が先代から受け継がれていた。
おかげで、大店だがつんけんしたところが無いと、幅広い客層に受け入れられていた。
その日も主人夫婦は勿論、千世や弟の尋太も忙しく立ち回っていた。
藤吉も如才なく客の相手をしていた。
一組、常連客の相手を終えると、店の奥で千世が手招きしているのが見えた。
「どうしました」
近づくと、千世の顔色が優れない。
「・・・風邪をひいたみたい」
「そりゃあ、いけません。床を延べさせましょう」
藤吉が人を呼ぼうとすると、千世が思いがけず強い調子で遮った。
「待って。・・・良いの。大したことはないのよ」
藤吉がやや怪訝そうな顔をすると、千世は続けた。
「おとっつぁんやおっかさんの耳に入ると、また大げさに心配するから・・・。お前、ちょっと石田屋へ行って、薬を貰ってきておくれでないかい」
近所の薬種問屋の名を挙げると、尚も案じる藤吉に小銭を渡した。
「・・・承知いたしました。でも無理なさってはいけませんよ。薬をお持ちしたら、少しお休みになると約束して下さい」
千世は殊勝に頷いて、少し微笑んだ。