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Quick Jam track
【犯罪 推理小説】

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Quick Jam track.2-3

 三年教室の廊下まで歩くと、最上の目が一瞬鋭くなった気がした。
 手前のA組では 知らない女性──最上と同じ教育実習生だろう──が教壇に立ち、プリントを配っている。
「さて…行くか」
 三年B組の手前でノックをしてから、がらりとドアを開け、どうもと一礼した。
「ほら、閉めろって」
 小声で渚に指示を出すと、渚は眉を寄せつつ、ドアを閉めた。
「というわけで、教育実習生の最上先生と……遅刻の市村だ」
 ぶはっとクラスメイトは噴き出した。
 申し訳ないですと一言添えてから、渚は船橋に遅刻届を差し出す。
 じっと届を見てから、船橋は最上に視線を向けた。
 なんじゃこりゃとでも言いたげな眼をしている。
「服部先生から許可が出たので」
 そうですと渚も付け加えた。
 ならいいと、紙を閻魔帳──出席簿──に挟む。
 渚は席について、鞄に入れていたターゲットを机の中にしまっている。
「では、簡単な自己紹介を」
 船橋は進行を最上に任すと、窓側によけた。
 白いチョークをケースから出して、最上は良く見ていなと目でウインクした。
 何か悪寒に似た肌寒さを覚えた。
 たとえるなら、ギャグで失敗したときの空気だ。
 チョークがこんこんと黒板を叩く。
 打った衝突音は靴音がレンガを叩くに似ていて、渚は密かに好きだ。
 横書きで最上修一と書いてから、その下に線を引いた。
「この年になって、僕というのを笑うなよ?」
 悪戯っぽく笑って見せてから、辺りを見回す。
 そんな前置きを付けてから、最上は休めの姿勢で、改める。
「どうも。僕は汐咲大学の国際学科から参りました、三年生の最上修一です。
 学科が学科なので、英語を担当します。二週間宜しくお願いします」
 軽く頭を下げると、拍手で沸いた。
「質問はあるか?」
 閻魔帳に出席のメモをしながら、船橋がそっけなく問うた。
「はーい」
 盛り上げ役の藤代が手を挙げる。
「藤代さん、どうぞ」
 何も見ずに指名した最上に、クラスはん?と目を見張った。
 閻魔帳は船橋の手にある。
 もしやこの最上、覚えているのだろうか。
「今、いくつですかー?」
「…………」
 途端に最上は凍りついた。
 最上にとって重要な局面だろうこの質問。
 彼はフリーズし、気の抜けた呻き声を口にした。
 それはうーとかおうとか、ALTの先生が困った時に口走るような間抜けなものである。
 四十のおばさんが無謀な年齢偽証を平気で滑らせそうな雰囲気だった。
 それから黒板にこう書き出した。
『御想像にお任せ致します、もがみ。』
 敢えて二十六と言わないのは、後ろめたい何かがある。
 そんな気がしてならなかった渚、十八歳の秋口だった。
「彼女いますかー?」
 二木が手を挙げた。
「いないけども……助けて下さい、船橋先生」
 情けない声量で最上は上司の助けを請う。
 上司は最上をじっと見てから、窓の外へ視線をずらした。
 助ける気は毛頭もないようだ。
 まあこれも教育実習の勉強だと思えと言いたいらしい。
 船橋先生らしい教育法だ。
 渚は苦笑しつつ、机の中にある一時間目の世界史セット(教科書・資料集・配布プリントの入ったファイル)を探した。
 ちらりと渚は最上を見上げると、彼はすぐにはいはいと手を叩く。
「一時間目は歴史、二時間目は園村先生の家庭科だから教科書とか用意忘れないでねー。はい、解散」
 ばらばらと彼女たちは席を立つ。
 ある人は教室外のロッカーにセットを取りに行き、またある人は隣のクラスへ遊びに行く。
 一時間目は日本史と世界史の選択者に別れるため、渚含め5人の世界史選択者以外は教室を出る。
 教室の隅で船橋と最上が何かを打ち合わせ、それが終わると彼は渚の席に小さなメモを落とした。
 
 【放課後、家庭科室で】


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