再生の刻-1
穏やかな水辺。岸辺の透明な水は少しずつ色を変化させ、対岸の淡いブルーへと続いている。その先には濃いグリーンが繁る森があり、波ひとつない日には水面に映りこむ。
その様は、自然が織り成す絶妙な情景だ。
森は湖を囲むように繁っていた。まるで湖を守っているように。
かつては森だった場所。
しかし今は、カルデラ湖のように窪地に水をたたえる。
岸辺近くには、かつての名残りをあちこちに留めている。
水底に沈む巨木はほとんどが朽ち果てているが、一部は未だ枝を水面から顔を覗かせ、時折、鳥が羽を休める場所となっていた。
湖と森だけの風景。それ以外は空しか目に映らない。
そんな湖の畔に、小さな1軒の屋敷がある。白い板壁。入口付近は、申し訳程度にウッドデッキが施されている。
そこは小さな喫茶店。
周りには民家も無い。湖を訪れる釣り客もほとんどない。そんな場所に喫茶店はあった。
それは元来の存在に反するように、人が訪れるのを拒んでいるかのように。
『再生の刻』
ある日。
そんな辺鄙な場所にひとりの男が現れた。大きな旅行カバンを携えて喫茶店のドアを開けた。
「いらっしゃい」
来客を知らせるために鳴ったドアへ、優しく澄んだ声がかかった。
大きな一枚板のカウンター。その向こうに居たのはひとりの少女。
年の頃なら17〜18くらいか。淡い色の長袖シャツに黒いエプロン姿。
美人ではないが、愛嬌ある顔立ちとショートヘアが愛らしさを感じさせる。
「しばらくぶりだね。仕事でこっちに来る用事があったものだから」
男は帽子を取ると、にこやかに語り掛けた。ベージュのカジュアル・スーツにループタイ。ワシ鼻に白髪混じりの髪は40代後半を思わせる。
「そう…」
少女は男に淡い笑みをむけた。それは彼女がみせる精一杯の笑顔なのだろう。
そんな接客に対して男は気にした様子も見せない。彼はそういうモノだと知っていた。
傍らにカバンを置くとカウンターに腰かける。
「どうだい?ここの暮らしは。少しは慣れたかね」
男は変わらずにこやかな表情で訊ねる。対して少女も淡み笑みのまま口を開いた。
「快適よ。都会のような喧騒もない。射すような暑さもなければ、凍えるほどの寒さもない。嵐もここをおとずれない。実に安穏とした時間が流れてるわ」
少女はそう答えながらポットを火にかける。
「ひとりで、寂しくないのかね?」
男の問いかけに少女は不可解な表情を浮かべる。