再生の刻-8
「…その瞬間、彼女の中に鬼気がめばえた。真偽のほどは定かじゃないのに、女にはそんな余裕もなかった。
そして深夜、寝静まったあと、女は夫の喉元にむけて包丁を突き立てた。
そして夫が死んだのを見届けた女は、自らも手首を切って自殺したんだ…」
男の声がようやく止んだ。
「それでおしまい?」
少女は、やけに冷めた口調だ。
「いや。まだ続きがあるんだ」
男はかわらず笑みで答える。
「…女は死んで生まれかわったのさ。但し、今の姿でない少女の姿で。そして人里離れた湖の畔に建つ屋敷で喫茶店を始めた。誰も来ないような場所で、誰かを待つように…」
少女の顔から色が消えた。
「それで?」
「不思議と客がつくんだ。やがて彼女は、その客を待つようになる」
男はそこでひと息つき、グラスを傾け口に水を含んだ。
「その客は、死んだ夫だったのさ。彼も生まれ変わり、そして導かれるように妻に逢っていた。不思議なものだろ?いい加減、人ごみが嫌になって孤独を選んだはずなのに、その男が来るのを待ち焦がれるようになるんだ」
声が途絶えた。少女は身体を震わせたまま、真っ直ぐに男を見据えた。
「…それ、嘘よね?」
夢の崩壊。──彼女が心の中で塗り固めたモノがひび割れ、外へと溢れつつあった。
思わず包丁を握っていた。
そんな少女に、男は笑った。
「そのとおりさ。よく分かったね」
その瞬間、少女は啼きながら包丁を振りかざした。
「嘘つきッ!」
カウンターから身を乗り出し、男に向かって振りおろす。
すると男の姿は、霧のように拡散してその場から居なくなってしまった。
「なによッ!いつも逃げてッ…お話も夢もッ!わたしが…待ってるとでも思ってるの!」
慟哭の中、男の居た場所に皿やカップが飛んだ。
──作りあげた人格。棄てたはずの過去。
それらが一気に溢れ出し、彼女の心を狂わせる。
「…もうイヤ…うんざり…」
少女は床に倒れ込むとひざを抱えた。
そして静かに涙を流した。