再生の刻-3
「…彼らは肌の色が褐色でね。丸々とした目に団子っ鼻、少しちぢれた髪の毛が特徴なんだ」
「へぇ、想像も出来ないわ」
「私が行った時は島民総出の歓迎を受けてね。腰布を巻いた男達が踊ってくれたんだ。
上半身には鮮やかな模様を施してね…」
「行ってみたいわ」
男の話に少女は目を輝かせる。彼女が唯一みせる飾らない笑顔だった。
「いかんな。ここに来ると、つい長居をしてしまう」
男は腕時計を見た。ここを訪れて、すでに1時間半が経っていた。
「君の顔を見て安心した。また来るよ」
「ありがとう…」
男が席を立つ。少女は見送ろうとカウンターから出口に向かった。
「じゃあ」
ドアが開いて帰りかけたその時、ふと、男が振り返った。
「そういえばさっき、──今以外は夢のようなモノだ─と、云ったね」
「ええ。そうよ」
少女は──何故、今頃になって─と訝しむ。男はいつものように微笑んで語りかけた。
「…それは、夢ではないんだよ」
「どういう意味…?」
「ああ。ちょっと待ってくれ」
少女の問いに、男は内ポケットから小さな包みを取り出した。紙をねじっただけのみすぼらしい包み。
「さっき話した南の島でもらった種だ。蒔いてみてごらん」
男は少女の掌に包みを置いた。
「これ…何の種なの?」
「さあ、現地では──真実の花─って云われてたかな」
「真実の…花」
男は帽子をひとつ取って少女に会釈すると、喫茶店を後にした。
夜。
「…う…うん…」
喫茶店の2階にある寝室。
眠りについた少女は悪夢を見て呻いていた。
夢の中、彼女は湖の畔に立っている。その手にはカミソリが握られていた。
少女の足が、1歩、また1歩と湖へと運ばれる。その顔には思い詰めた様子はない。むしろ、すべてを悟ったかのような柔らかさが感じられた。
湖は徐々に少女の身を沈ませていき、腰のあたりまで浸かった。
岸から約30メートルほどの距離。水面には月明かりがゆらゆらと揺れていた。
少女は左手首に視線を落とし、カミソリをあてて勢いよくひいた。
刻まれた傷口からみるみる鮮血が溢れだす。
彼女は足の力を抜いた。身体が水面に横たわる。月明かりに照らされた血は、赤というより、むしろ黒い帯となって湖の水と溶け合い、やがて拡散していった。