再生の刻-2
「何故?おじさんが来てくれるじゃない」
「嬉しい言葉を云ってくれるね…」
「そうよ。おじさんのしわしわの顔も、聞かせてくれるお話も好きよ」
「光栄だ…」
男は、目元に笑顔のシワをよせた。
ポットのが沸き上がる。お湯がドリップに注がれ、狭い店内が香ばしい香りに満たされていく。
「その顔を見て安心したよ」
「どうして?」
少女は訊ねた。
「つい、君を拾った時のことを思い出してね」
細めた目のシワを一層深め、男は話を続けた。
「つい、1年前のことだ。あの日も君はひとりだった…」
あの日…それは、少女にとっても忘れられない。いや、忘れ去りたい日。あの場所で意識を失いかけていた。
手首からは、おびただしい血を流して倒れていた。
「私はその傷のひどさに足を止めた。
すぐに治療を施し、君の中にある──絶望─を取り除いてここに連れて来たのだが…」
男の言葉に少女は回想する。確かにある日、男に救われたのは覚えている。
しかし、それがどのような理由だったのかを彼女は思い出せずにいた。
少女はやがて、思考をうち切った。
ドリップしたコーヒーをカップに注ぎ、男の前に置いた。
「それはたぶん…夢よ」
男はカップを口許に近づけてひと口すすった。
芳醇な香りは鼻腔をくすぐり、濃厚なうま味が口の中に広がった。
「夢だって…?」
「そう、夢」
男は興味深げな顔で二口目を口許へと運んだ。
少女は答える。
「過去のいろんな出来事はいずれ消え去り、これから起こりうることなんて目の前に存在しない。どちらも夢と同じよ。
私には今、今の存分だけで十分よ。それ以外は全部夢のようなモノだわ。
そんなモノをほじくり返したって無意味だわ。そうでしょう?おじさんにだって、思い出したくないことの1つや2つ有るはずよ…」
少女は、淡い笑みを湛えたままそう答えた。
「…うむ、確かにそうだな」
「でしょう。それよりも、いつものように外国の話を聞かせてよ」
少女は両ひじをカウンターにのせて身を乗り出す。どこか影のある淡い笑みが、笑顔に変わった。
「…そうだな。じゃあ、南の島の話を」
「南の島か。楽しそうね」
男は語りだした。
空をそのまま切り取ったような海の青さ。
大きな丸太から削りだした帆かけ船。様々な原色の魚たち。
そして、気のよい島の人々。